第21話 お姫様になる前は
ユーキの質問にカタリーナは、ざっくばらんに返答する。曰く、自分は庶子で三カ月前まで、貴族の血が入っていたとは知らなかった事。ある日突然、城から迎えが来て貴族の礼儀作法を学ばされ始めた事。イザールとの政略的な繋がりが必要なために、結婚しなければいけない事。
「何だか滅茶苦茶な、お話ですねぇ」
ユーキの当然の感想に、お付きの女性たちは眉を曇らせる。彼女達にも言いたいことはあるのだろう。しかし城内で、それを口にすることは出来ない。カールは我関せずの態度を貫き、レオンはムッツリと押し黙っていた。そんな中、当事者のカタリーナだけはアッケラカンとした態度を崩さなかった。
「何、悪い事ばかりではない。若い頃に手を出したのだから、少しは関心も残っているのだろう。病身の母親の面倒を当主は見てくれている。今までの冒険者稼業では得ることのできない、手厚い看護付きだ」
「御姫様は冒険者だったんですかー」
「そうだぞ。この辺りでも名の知れたパーティに所属していた。
「あ、あんた、あの
レオンの表情が引き攣った。
「さっきの弓の腕前…… あんた、大山猫の赤毛姫じゃないか?」
「おや、私を知っていてくれるとは光栄だ」
カタリーナはニコリと微笑んだ。レオンはガチガチに固まっている。
「御姫様はそんなに有名人なんですかぁ?」
「凄い有名人だよ! 大山猫の赤毛姫といえば、この国で三本の指に入る弓使いだ。彼女が後衛に入っただけで、パーティのレベルが二つも三つも上がると言われている」
「私だけじゃない。前衛の戦士や魔法使いに
赤毛姫は苦笑する。レオンは大きくため息をついた。顔を平手で何度が叩き、頭を振る。それで落ち着いたのかユーキと二人で、動かす荷物の確認を進めた。カールは、その間に領主に挨拶に出向いている。
「嫁入り道具やイザール領主への贈り物で、大型の武装馬車が一台必要になるらしい。ユーキ、そちらの確認は終わったかな」
挨拶と打ち合わせを終えたカールが、カタリーナの部屋へ戻ってきた。
「御姫様の私物は、そんなに多くないです。お付きの人たちの荷物の方が多いかも。こちらも馬車一台で何とかなりそうです」
「そうか。では見積を作ってみるとしよう。カタリーナ様、お邪魔致しました」
三人は赤髪姫に一礼し、退室しようとする。その時、レオンが急に立ち止まった。ユーキの顔が、ボスンと彼の背中に衝突する。
「レオン、急に立ち止まらないでよ」
「あ、あの、カタリーナ様……」
「ん? どうした」
「握手をして頂けないでしょうか?」
ガチガチに緊張したレオンが右手を差し出した。赤髪姫は苦笑して、レオンの震える手を握りしめる。レオンの背筋が、ピンと伸びた。
「大山猫のメンバーの方と、お話しできて光栄です。一生忘れません!」
「元メンバーだけどな。宜しく頼むぞ」
「全力を尽くします!」
「ねぇ、レオン。まだ仕事を受けるかどうかも決まっていないのに…… ムギュ!」
「さぁ、ユーキ。忙しくなるぞ! 仕事だ!仕事!」
ユーキの身体を小脇に抱えると、レオンは外に向かってズンズンと歩き始める。その逞しい背中を眺めて、カールと赤髪姫は肩をすくめた。
その日の夕食前、レオンは超特急で仕上げた見積書をカールに差し出した。じっくりと書類に目を通したカールは、小首を傾げる。
「どうしたら、こんなに安い値段に見積もれるのだ?」
「今回、俺の給料は要らない! 馬車の台数も最低限にして、
「この書類を見るとタダ働きが二人いるようだが……」
「もう一人はユーキだ」
「チョット!」
抗議の声を上げ立ち上がろうとした、ユーキの頭をレオンは片手で抑える。
「前に給料は要らないって、言ってたろ」
「それだって小銭はくれてたじゃない。引越は長距離になればなるほど、目に見えない経費が掛かるんだよ? 少し予算と時間は大目に見積もらないと、何が起きるか分からないんだから」
ギャーギャー言い争いをする二人を、ハンナはニコニコと、エルマは白けた半目で見つめていた。カールは書類をレオンに返した。
「今回の件を張り切る気持ちは分かるが、言っていることはユーキが正しい。この見積もりの他に、常識的な数値も計算しなさい。さて、夕食の時間だ」
なおも何か言いつのろうとするレオンの主張を、カールは受け入れない。レオンは舌打ちをした後、物凄い勢いで夕飯を詰め込み始めた。口の中の食べ物をエールで一気に流し込むと、自分の部屋に飛び込み見積もり作業を再開する。
「レオンは冒険者志望なんだよねぇ。大山猫ってパーティは、そんなに有名なの?」
いつも温厚なレオンの急変ぶりに、ユーキは目をパチクリとさせた。エルマは肩を竦める。
「冒険者ギルドの関係者なら、詳しい事も分かると思うけど、私たちのような都市生活者では、知っていることはそんなに無いわよ。そんな私でも大山猫の名前くらいは知っているわ。ダウツ国内でも名前が鳴り響いているもの」
「そんなに凄い人たちなんだねぇ」
「でも私はパーティの名前は知っていても、メンバー個人までは分からないわよ? どんなに有名な集団でも、メンバーは多少の入れ替えがあるでしょうし」
「でもレオンは、赤毛姫を知っていたよ? 本当に憧れの人なんだねぇ」
その晩、レオンの部屋の灯りは、夜が明けるまで消えることは無かった。
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