第20話 変わったお姫様
領主の居城はウビイの街の、ほぼ中央にあった。城からは放射線状に道が伸び、それが最外壁まで続いている。内堀には満々と水が湛えられ、天に向かって聳え立つ城を映し出していた。
カール、レオン、ユーキの三人が居城の内堀を渡る橋を越えると、大きな城門の脇に門番が立っていた。不審者や益体も無い奴は通さない。そう書いた紙を顔に張り付けているような、不愛想な大男だった。
「恐れ入ります、シュルツ商会の者です。本日は御領主様に仰せつかって参上いたしました」
カールは銀貨を一枚、門番にソッと差し出した。門番は慣れた手つきでそれを受け取ると、勿体ぶった仕草で横の小さな潜り戸を開けた。小さく首を横に倒す。三人は居城の内部に足を踏み入れた。
「今の賄賂だよねぇ」
ユーキは誰にともなく呟いた。カールは肩を竦める。
「城の拝観料とでも思えば良い」
「拝観料を払わなかったら、どうなるんですかぁ?」
「領主に呼ばれているのだから、最終的に通ることは出来るだろうね。でも揉めるよ」
「何か気に喰わないなぁ」
「まぁ、そう言いなさんな。門番の収入は多くない。あれも彼の家族を養う為だと思えば、腹も立たんだろう?」
カールの達観にレオンは鼻を鳴らした。この世界の人間でも、カールの域に達するには時間と経験が必要らしい。
「凄い建物だねぇ」
白で統一された石造りの内城の壁は、左右対称の形でどこまでも展開しているように見えた。ピカピカに磨き上げられた窓ガラスと、ドラゴンを模した紋章が彫られた扉。建物に入るまでの空間は、噴水や良く整えられた草木で彩られていた。
バスン!
中庭の奥から何か物音が聞こえた。噴水の奥が練兵場になっているらしく、赤毛の女性が大弓を構えていた。音がした方を見れば、千六百フス(約五十メートル)先に的が有り、その中心に何本も矢が突き立っている。
女性は更に数本、矢継ぎ早に矢を放った。ヒョウと鳴る矢は、全て的のど真ん中に突き刺さった。
「うわぁ、凄いねぇ」
ユーキは思わず拍手する。その音を聞きつけて、女性の周りにいたお供達が色めき立った。恐らく赤毛の女性は貴族で、庶民が直接声をかけるのは不敬であるという事なのだろう。ユーキは武装した女性達に取り囲まれた。
「無礼者! って貴方、妖精? それともエルフか何か?」
ユーキの容貌を見た瞬間に、彼女達の張りつめた表情が熔けていく。更にはユーキ達を興味津々の態で覗き込む。ユーキは居心地悪げに口を開いた。
「引越屋ですー。お姫様の荷物の下見に来ましたぁ」
すると彼女達は後ろを振り返る。赤毛の美女は苦笑していた。
「すると君が今、巷で噂されているシュルツ商会の天使だな。良く来てくれた。私の名前はカタリーナ・フォン・リューベック。カタリーナと呼んでくれ」
シュルツ商会の三名は、カタリーナに案内されて内城の奥に進んだ。ユーキは城の内部をキョロキョロと見回している。
「天井にまで絵が描いてある! シャンデリアやカーテンも立派だねぇ」
「ユーキ、あんまりキョロキョロするなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろ」
レオンは両手でユーキの頭を押さえた。ユーキは彼の腕を掴んでジタバタする。その様子を見て、お付きの女性達がジットリと妖しい目つきで二人を見つめる。
「やっぱりあの二人……」
「どっちが受けなのかしら?」
「やっぱり、ねぇ?」
不穏な空気を感じて、二人は飛び跳ねて離れる。カタリーナは苦笑しながら、部屋に入った。
「私の私物は、この部屋の中だけになる。ベッドや調度品は運ばない。恐らく同じようなものが、向こうに用意されているだろうからな」
ユーキは運ぶ物のメモを取って行く。暫くして首を傾げた。
「思ったよりも荷物が少ないですねぇ。お姫様なんだから、ドレスや靴や宝石なんかが一杯あると思ってました」
「まぁ、普通はそうだろう。だが私は違う。この部屋に住み始めてから、三カ月しか経っていないからな」
「……どういうことですかぁ?」
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