第19話 お姫様の引越


 シュルツ商会の引越屋はウビイの街で、信頼と実績を積み始めた。これを見て他の城塞都市でも、同じような商売を始める者が現れる程の成功である。

 ユーキの採用試験に不合格だった半端者が、他の街で上っ面を真似した引越稼業を始めるが、実績を上げるのは至難の業だった。やはり初期投資と接客を含めた細かいノウハウが、どうしても必要な稼業なのである。


「ユーキ、ちょっと相談があるのだが」


 ある日の夕食時、カールが真面目な顔で話し始めた。ウビイ領主の娘がダウツ国の他の城塞都市である、イザール領主の元へ嫁入りする事になったという。

「へー、おめでたい事ですねー。イザールって、どんな所なんですか?」

「ダウツ国内の海側で一番大きい街がウビイ。イーザルは内陸で一番大きな街になる。他国と境界線に近い場所にあるから、国際的な街だ。現国王の出身地でもある」

「どこら辺にあるのですかぁ?」

「直線距離でウビイから八十マイレ(約六百キロメートル)位あるかな。馬車で移動すると二十日位はかかる」

「往復で四十日ですかぁ、遠いなぁ。それで相談って何ですかー?」

 カールはピルスナーの入った、ジョッキを置くと手を組んだ。


「そのお姫様の引越を担当して欲しいと、先方からの依頼が入った」



 その後、シュルツ家の食卓は上へ下への大騒動になった。

「す、す、凄いじゃない! 領主様の依頼なんて!」

 エルマは両手をユーキの肩において、力一杯揺さぶった。ユーキの頭がガクガクと揺れる。レオンは顎に手を当てて呟いた。

「馬車で二十日って、武装馬車で移動した時だろう? 道中は深い森や大きな川があって、モンスターだって相当レベルが高いのが出てきそうだ。

 大荷物を抱えた引越なら、もっと時間が掛かるはずだし。他都市への貴族の嫁入りなんて仕事は本来なら、騎士団が担当する仕事じゃないか?」

「護衛は騎士団が行う様だ。武装馬車も領主が手配する。どうしても足らない部分はシュルツ商会が補うことになるだろうが」


 レオンは余り、領主に好意的では無いらしい。順調な家業を継がず、冒険者を目指していたのも、この辺りが問題になっているのだろう。そんなレオンの疑問にカールは、肩を竦めて答えた。それからユーキを見つめる。


「そこで相談だ、ユーキ。君はこの話を受ける気はあるかな?」



「そうですねぇー。引越の時期と運ぶ荷物の量は、分かりますか?」

「恐らくだが冬が来る前に、イーザルへ移りたいのではないかな。真冬に山越えは、雪が多すぎて不可能だ。物量に関しては想像も出来ない」

「じゃあ、かなり急ぐのですねぇ」

「だから、ウチにお呼びが掛かったのだろう。領主同士の婚姻だから、貴重品も多い」

「貴重品かぁ。移動中は安全なのですか?」

「ルートにもよるが、騎士団が付いていれば問題無いと思う」

 しばらく考えてから、ユーキは最後の質問をした。


「領主さんの依頼を受けて、シュルツ家は困ったりしないんですかぁ?」

 その質問にカールとハンナは苦笑いを浮かべる。レオンは鼻を鳴らし、エルマは肩を竦めた。シュルツ家の反応の様に、確かに庶民の領主に対する評判は思わしくない。と、いうより悪い。税金も高いし、ヴォルフ家など暗黒街との付き合いもあるからだ。


 しかしこの世界では一般的な事である。金や力を持っている者は強く、持っていないものは弱い。強い者と上手く付き合っていかなければ、城塞都市の運営など出来はしない。それは商家といえども同じである。

「商会としては適正な料金を、支払ってもらえれば何の問題も無い。別にまだ内示の段階だから、断っても構わないよ」


「じゃあ一度、荷物の下見に行ってみましょうか」


 ユーキはフニャリと微笑んだ。

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