第3章 悲しみを濯ぐ引越

第18話 引越屋のツナギ


 ユーキがウビイの街に居着いてから、半年が経過した。暑かった日々も過ぎ、北国ダウツには、早めの秋が訪れる。ウビイにおける引越稼業は、順調に生長を続けていた。特に小物梱包に孤児院の子供たちの手を、借りることが出来る様になったのが大きな要因である。

 これまでシュルツ商会の事務員兼業であった女性作業員も、正式な引越屋の一員となった。どうしても家の中の細かい梱包作業は男性が行うより、子供や女性が担当する方が客も安心する。


 後は重量物を運搬する係や馬車の御者等だが、この人選にもユーキが大活躍をした。応募に来た志望者は、どんな外見や身分でも一旦受け入れた。通常、この街では確固たる身分制度が存在し、差別される人や流れ者にまともな就職口は無い。


「でも、ここでなら働ける人がいるかもしれないでしょう?」

 ユーキの一声で、その日の暮らしに困る人々も、採用のチャンスを得る。更に本来は週単位でまとめて支払う賃金も、日払いとした。この事によりその日の食料にも困る人々が救われた。


 癖が悪く要注意人物とされる輩達は、初めに二~三日ユーキと一緒に作業を行った。彼らが入るチームの中には、レオンや厳つい男達は入っていない。悠樹が暮らしていた元の世界と同じ様に、密かに彼らの内面をチェックする。

 この異世界でも、相手が弱いと見ると嵩に懸かる者や、こっそりと何かを持ち出そうと隙を伺っている輩が一定数いた。目を放せば梱包係の女子供や、ユーキ本人に手を出してくる曲者も居たのである。

 そういった輩は気が付くと重度の肉体労働に振り分けられ、いつの間にか仕事にも来なくなっていた。


「おい、黒髪! 俺様にこんな、しょうもない仕事をさせようっていうのか!」

 元戦士上がりの厳つい大男が、丸太のような腕を組んで不平を漏らす。彼には試しに木箱の運搬をしてもらうように頼んでいた。

「それが引越の仕事ですよー」

「もっとおとこらしい仕事をさせろ!」

「漢らしい仕事って何ですか?」

「モンスターを倒したり、悪漢に襲われている婦女子を助けたり、伝説の刀を手に入れたりすることだ」

「それは引越屋の仕事じゃないですねー」

 ユーキはキッパリと言い放つ。それもそうかと頷く大男。

「とにかく、こんな誰でも出来るようなチマチマした仕事で無くだな……」


 ユーキは肩を竦めて、梱包済みのタンスを指差した。

「じゃあ、あれを馬車に積み込んで貰えますか? 慣れないと腰を痛めちゃいますから、気を付けて下さいねー」

「ふん、こんなもの!」

 大男は肩をそびやかしてタンスに歩み寄った。年代物の作りのシッカリとした無垢材の高級品だ。大男はガッチリとタンスを掴み、持ち上げようとする。若干浮かび上がるが、荷台の高さまでは上がらなかった。

 全身の力を振り絞って、ソッとタンスを地面に戻す。無垢材の高級タンスは重量も段違いに重かった。普通であれば動かすことも出来ないだろう。大男はタンスを何度か持ち上げようと試み、肩を落としてユーキを睨みつける。


「こんなに重い物、一人で持ち上げられるわけ無いだろう!」

「持ち上げるだけで、凄いですよー。それに置く時も力を抜いていないし。はーい。失礼します」

 ユーキはヘラヘラ笑いながら、ヒョイとタンスを持ち上げ馬車にソッと積み込んだ。目を皿の様に広げ、自分の体重の半分もないであろうユーキをみつめる。大男は何も言えなくなった。

「こういう作業には、コツがあるんですよー。慣れれば誰にでも出来る様になりますから、無理してケガをしない様にして下さいね。一息ついたら、あちらの木箱を運んでください」

 大男は背中を丸めながら、元の仕事である木箱の方へ歩いて行った。こうしてユーキは実力が有り、信用が置ける人物を選り分ける作業を進めたのである。


 更にある程度、作業を行えるようになった信用のおける人物には、オレンジ色のツナギを支給するようにした。制服を身に纏うことが出来れば、ツナギ組として一人前であると認める。この制服はシュルツ商会が管理を行い、洗濯やアイロン掛けを徹底した。汚れた普段着より清潔な揃いの制服で引越を行う方が、顧客の満足と信用に繋がるからである。


「おいユーキ。ベッドは、この場所でいいのか?」

「そこで良いですよー。それにしても大男さん、良く頑張りますね」

 元戦士の大男は始めの言動に反して三カ月、粘り強く引越屋を続けていた。今では苦手な小物の梱包もソコソコこなすようになっている。彼は苦笑した。

「初めの態度が悪かったのは謝るよ。俺の名前はオットーってんだ。そろそろ大男は止めてくれねぇかな」

「分かりましたー。はい、オットーさんこれ」

「おい、こりゃ……」

 ユーキはオットーにオレンジの制服を手渡した。このツナギは大柄な彼の身体のサイズに合う物が無かったため、完全な特注品である。

「オットーさん、今朝は現場に直接入ったでしょう? 本当はお店の朝礼で渡したかったのだけど…… って、ちょっと!」

 

 無骨な大男は顔を真っ赤にして震えていた。とっくにツナギ組になっていたノアが、小物の梱包をしながら、オットーの足元をチョロチョロする。

「あれ、オットーさん。嬉しくって泣いているの?」

「ちょっと、ノア君! 揶揄っちゃ駄目でしょ」

 ユーキとノアがクスクス笑い始める。それを見てオットーは歯を喰いしばった。

「こんな仕事は漢の仕事じゃねぇ、ただの腰掛けだ。割の良い仕事が入ったら、直ぐに辞めてやる! 嬉し泣きなんかしてねぇーからな!」


「わー、モンスターみたいな顔してツンデレだー」


 ツンデレの意味は分からなくても、ユーキ達に揶揄われているのは分かる。オットーは鬼のような形相で、キャーキャーと笑いながら逃げ回る、二人を追いかけるのであった。


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