第17話 商売の極意
城塞都市にとって火災は、何よりも厭われる。風向きによっては延焼が広がり、多くの住人の命を失ってしまうからだ。今回は孤児院焼失のみで済んだが、事の重大さに変わりはない。
結論から言うとヴォルフ一家のバカ息子は、ウビイの街には居られなくなった。当初、ヴォルフ家は火災への関与を全否定する。領主との関係を盾に、この問題を立ち消えにさせる構えを見せた。
「ウフフッ、逃げ切れると思っているのかしら」
ハンナの恐ろしい微笑。焼け跡から燃え尽きた筈のランプが発見される。ご丁寧にヴォルフ家の家紋入りだ。数日後、息子のレオンは古道具屋から託された、高額の請求書を彼女に渡すことになる。
更に当日の晩、バカ息子一味を周辺で見たと言う目撃者が匿名で現れた。それも複数名だ。
ハンナ主導の奥様方の噂が、ジリジリとバカ息子を追い詰める。数日経つと彼は街を歩けなくなった。騎士団の追求を躱すために雲隠れを画策するが逃げ込む場所、逃げ込む場所が何故か、すぐにバレてしまう。
「私を街から追い出した借りは、確かに返していただきましたよ」
ハインリヒの苦笑。いつの間にか街に舞い戻って居た彼は、暗黒街の暗がりで蠢き続けた。街に潜り込もうとするバカ息子が、居場所を変えるたびに匿名で騎士団に通報を続けた。
結局バカ息子は火災発生から、一週間後に騎士団に連行された。ウビイの街で放火は重罪である。通常、放火犯は見せしめのために公開処刑される。
ヴォルフ一家は総力を上げて、彼を北国であるダウツ国の最北辺への流刑に減刑させることに成功した。放火を認めた上での流刑であるから、孤児院への巨額の賠償が発生するのであるが。
「畜生! 皆、俺をバカにしやがる」
最北辺の地は最果ての地でもある。この時期でも残っている凍土の上で、バカ息子は地団駄を踏む。残念ながら、その足音はウビイまでは届かなかった。彼が最北編に流されたのを確認して、ハインリヒは苦笑しながら姿を消した。
火災から二ヶ月後。
焼け落ちた孤児院は無事、改築された。費用の大半はヴォルフ家が賠償したが、足りない分は奥様方の寄付で賄われた。
「改築おめでとうございます! 引越屋です」
オレンジ色のツナギを着たユーキは、預かって居た木箱を孤児院に運び込んだ。子供達が歓声を上げて、我先にと中身を回収する。
「本当にお世話になりました。どうお礼をすれば良いのか、見当もつきません」
シスター・ゾフィアは深々と頭を下げる。ユーキと子供達は、この二ヶ月で急速に仲良しになった。ノアを含めて年長者は引越しの梱包作業を手伝うまでになっている。シュルツ一家も花束を抱えて、部屋に入ってきた。
「お礼は結構ですよ。ただし、二ヶ月前の引越料金はいただきます」
「父さん、何、言ってんだよ!」
「レオン、これは商売だ。商売は只ではできない」
カールはレオンの抗議を受け付けない。そしてニコリと微笑んだ。
「子供達ですが、この二ヶ月で引越の仕事を大分覚えたようです。学校や教会の用事が無い時に、私どもの引越屋で働きませんか?」
「それはいいねぇ。人手不足も解消されるよ」
ユーキはニコニコ笑っている。レオンと共に人手不足を伝えていたから、大助かりだ。しかも子供達は新規採用者より、仕事に真剣で信用も置ける。
「当然ですが労働の対価は、お支払いします。その中から、支払える分だけで結構ですから、代金をお支払いください」
「そんな…… そんなご厚意に甘えてしまって宜しいのでしょうか?」
「あらあら、シスター。せっかくの良き日に涙は禁物ですよ。ほら、エルマ。運ぶのを手伝って」
ハンナとエルマは中庭へ、ご馳走を運び込んだ。鯉の白ワイン煮、ジャガイモのグラタン、食べきれない程のソーセージなどが並ぶ。ユーキと子供達は両手を上げて歓声を上げた。
食事の輪の中では、ユーキがエルマとゾフィアに挟まれて、オロオロしている。エルマが取ったソーセージと、ゾフィアが手渡した黒パンのサンドイッチのどちらを先に食べるかで、揉めているようだ。
面倒臭くなったエルマが、ソーセージとサンドイッチをユーキの口に押し込んだ。息を詰まらせて、逃げ回るユーキを見て子供達が明るい笑い声をあげる。
食事の輪から少し離れた所にいたカールに、レオンはエールのジョッキを二つ運んできた。近くの居酒屋から買って来たものらしい。
「父さん。一杯奢らせてくれないか」
「どういう風の吹き回しだ?」
「俺は冒険者になってモンスターを倒すのが、一番の人助けだと思っていた。でも商売でも、人を助けることができるんだね」
カールはジョッキを受け取りながら、肩を竦める。
「我が家の商売の秘訣を、お前に伝授する時が来たようだ。良く聞くがいい。
良い商売とは商う私たちが喜び、買った相手が喜び、その周りの人達を出来るだけ多く喜ばせることだ。私はそう、お前の爺さんから教わったよ」
カールは強面に似合わないウィンクする。レオンは苦笑いを浮かべた。二人はジョッキを合わせ一息でエールを流し込んだ。
中庭の中央では息を詰まらせたユーキが倒れている。オロオロするシスターと、面倒臭そうに彼の背中を叩くエルマが見えた。エールの
「明日もきっと、良い引越が待っているだろうな」
夏の爽やかな風が吹き抜けた。風に揺られてそよぐ芍薬の花に留まる、テントウムシも揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます