第73話 無敵の人
「やっぱり、
昼下がりの娼館の一室。薄暗い室内で、マレーネは眉を顰める。金髪碧眼、十代後半の美少女で、少し垂れた目尻が愛らしい。しかし彼女は見た目と異なり、かなりの遣り手であった。
彼女はクルトに認められ、 ハインリヒ達の仲間となった。夢見る事ができない現実主義者の権化のような、職種である娼館の首領。その首領が、同志になったのは何故だろうか?
更に彼女は専門の教育を受けていないのに、魔術を使うことができた。魔術を使うには専門知識と訓練が必要であり、これは大変稀有な事である。まともな教育を受ければマレーネは、大魔術師にも賢者にもなれるかもしれない。
しかし現実の彼女は娼館の首領である。何度か教育機関に進学する事をクルトから提案されたが、まるで相手にしていない様だった。それでもクルト達と作業を行うのであるから、マレーネなりの考えがあるに違いない。
彼女の参入でこれまで分からなかった、問題点も浮き彫りにされつつあった。特に狂暴化する移民問題が、イザールの貧民窟に暗い影を落としていることが分かる。
「そうですね。移民の方は普通に、定住して頂いているケースのほうが多いです。しかし一旦マフィア化してしまうと、その他の方より残虐度が高くなってしまう様ですね」
「どうせヘマしたら死ぬだけだもん。失う物なんか無いんだから、無敵だよな」
ハイスツールに腰かけ、足をブラブラと揺らしたハインリヒが呟く。少年のコメントを聞いたクルトは眉根を寄せた。
「必要な情報の方は、そろそろ出揃ったようです。実際に動いてみる時期に入ったのかもしれません」
それからのクルスの活躍は、目を見張るものだった。自らを事務屋と宣言しているように、次々と施策を繰り出して行く。曰く、
『困窮している親は、育てている子供全員では無いが、貨幣価値のある少女から売りに出す。この流れを断ち切りたい』
マレーネの提案である。娼館を経営しているのだから当然、人身売買の流れも詳しい。一時期彼女は人身売買自体を、止めようとしていた様である。しかしその金が無ければ、少女の一家は全滅してしまうのだ。人身売買は必要悪である、と割り切ったと話す。
「それではまず、こう致しましょう」
クルトは買取金額の上限を設定した。その上で契約年数期間も最長十年と定める。設定した買取金額以上の資金が必要な場合、違法な利息を取られ騙されている場合が多い。そこで取り立て金額と契約を精査し、違法な組織への資金流出を防ぐ事とした。
通常、資金流用の確認作業には、多くの専門職が必要になる。しかし、違法組織については、ハインリヒの活躍で粗方調べがついていた。仮にその時、調べがついていなくても、少年はいつの間にか違法組織の内情を調べ上げるのである。
更に娼館で働く少女たちには、手厚い医療と教育を施す事とした。教育は特に読み書き及び算術に重きを置いた。年期が明けた後に他の職業へ、就き易くするためである。
『身体が悪くて働けない人っているんだよな。嘘を吐いてサボっている奴もいるんだけど、働く気があっても身体の自由が効かなくて、まともな仕事につけないんだ。手は動くし、頭もしっかりしているから勿体無いよな』
ハインリヒの提案である。貧民窟の住人に、まともな医療を受けられる余裕など無い。また職歴や専門知識があっても、身体が思うように動かず就業できない人材は多かった。中には障害があると偽って、路上で小銭をせしめる小悪党もいるにはいる。しかしそれは多数派では無かったし、周りの者から尊敬もされていない。
「それではまず、こう致しましょう」
クルトは調理や縫製、製図や医療など座って出来る、職種の障害者をピックアップした。調べてみると、思った以上に数が多い。
ハインリヒの調査で移民の中に、その技術職や知識層が多い事が判明している。そこで彼らにイザールの貧民窟で生活する、少年少女を助手として付けるように手配した。
また専門用具や必要機材は、イザールから無償で貸与した。助手として採用した子供たちは、この徒弟制度を活用する事とし将来、彼らの職業となることとする。
助手が独り立ちし代が変わった後も、師匠となった障害者は変わらずに働けた。それによって知識の出し惜しみも無く、有用な人材が多数育つことになる。
「ハインリヒ君が言っていましたが、何も持たない人は自暴自棄になりやすいです。しかし職業や大切な人との繋がり、趣味や何か好きな事でもあれば、容易に人は人生を投げ出さないのです」
クルトはニコニコしながら王宮の自室で、ハインリヒとマレーネに状況を報告する。そんな小男を見て、少年は心配そうに口を挟む。
「それはいいんだけどさ。クルトさん働き過ぎじゃないか? 俺たちとの作業の他に、通常の仕事も片付けているんだろう? 朝来ても、夜来ても何か仕事をしているじゃないか。そのうち倒れちまうぞ」
「何のこれしき、まだまだ仕事は続きますぞ。やっと作業の成果が見えて来た所ではないですか」
小男は、ここぞとばかりに胸を張った。それを見てマレーネは目を細める。
「まぁ、本当に疲れたら
「イヤイヤ、それには及びません!」
「何だい? 私じゃ役不足かね」
「イヤイヤイヤ……」
物凄い威圧感のある流し目をくれるマレーネ。クルトは顔を真っ赤にして、両手を胸の前で振り回すのであった。
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