第46話 メンバー集合



 前回、イザール到着までの旅程は約二週間かかった。その時の旅も急ぎの案件だったが、今回は一週間でダニューブ川まで到達する。時間短縮の主要因は随行人数の少なさと、替え馬の使い放題の待遇による所が大きい。

 今回の場合、馬に余力が残っていても、駅伝施設に替え馬がいれば全て交換した。予備の馬も並走させ馬車を引く馬の力が、少しでも落ちれば交換する。


 替え馬の交換時間が作業員たちの休憩時間となり、排泄時間ともなった。食事もほぼ全てを携帯食とし、移動中に交代で食事を摂った。この様な贅沢な替え馬は、国家間の軍事関係者にしか実現できない。

 今回の旅ではパーティーに、ダウツ王家の割符が貸与されていた。この割符を提示する事で、替え馬も食料も全て無料で支給される。これも破格の待遇であった。


 問題は駅の無い森林地帯である。随行人数が少ないことは高速移動の利点であるが、モンスターに対する防御では欠点となる。夜間も走れる道は夜通し奔り、どうしても停滞しなければならない場所では、夜が明けるまで高価なモンスター除けのアイテムを、惜しげなくバンバン燃やした。


「燃やしたモンスター除けアイテムの金額だけで、前回の引越代金を上回るな」

 馬車の中で経費の帳簿を確認していた、レオンがため息をつく。

「本当に豪勢だよね。それにしても、馬車に乗りっ放しってしんどいねぇ。クッションは効いているけど、お尻が四つに割れてないかな?」

 ユーキはオレンジ色のツナギの、尻の部分を撫でまわした。

「心配なら、私が診ましょうか?」

 両手をワキワキと動かしユーキへ、にじり寄るシスター。舌打ちをしたエルマが間に入り込み、窓の外を指さした。


「ダニューブ川が見えたわよ。あの人だかりは出迎えじゃないの?」

 川の畔には数台の馬車と、何人もの人が待ち構えていた。ユーキが武装馬車から降りると、背後から突然抱きしめられた。

「何故、もっと早く顔を見せないのじゃ。あぁ、ユーキの匂いだねぇ」

 銀髪の美女は彼を抱きしめて離さない。彼女はケルピー馬型の水妖のアーモンドアイである。ユーキを嘗め回すように顔を摺り寄せ、至る所に手を伸ばす。


「やぁやぁ皆さん。お久しぶりです。予想より早い到着は流石ですなぁ」


 見れば正装を施した小役人風のチョビ髭が、ニコニコしながら一行を出迎えた。小太りなこの小男こそイザール領主家、家宰のクルトである。

「今回も大変な、お役目ご苦労様です。ご連絡頂きました人材や物資も集めておきましたよ」


 彼の横には元大山猫ワイルドキャットの赤毛姫と戦斧ハルバードが、苦笑しながら手を振っていた。彼らがパーティーに加わることは、大変な戦力向上に繋がる。オットーに至っては、野外料理の達人であるため携帯食中心だった、これまでの食生活向上も期待された。

 彼らと連絡を取ろうとウビイ領主が手を尽くしても、どこに居るのかさえ分からない有様である。それなのに全体的に小作りを追求したような小男は、難なく彼らを見つけ出し招集していた。イザールにおける影の実力者の手腕は、計り知れない。


 頼もしい二人の脇には、シルバーブロンドで中肉中背の男が座っていた。

「ゲッ、ハインリヒ!」

 エルマが大きく目を見開いた。ハインリヒは唇を歪めて、ウィンクした。

「これはこれは、シュルツ家のお嬢様にご子息様。いつぞやは大変お世話になりました」

「なんでアンタが、此処にいるのよ!」


 エルマの猛烈な抗議に、彼は肩を竦める。見かねたクルトが助け舟を出した。

「今回の旅には腕利きの斥候兵スカウトが必要、とのことでした。そこで私が彼を招集しました。彼はダウツ国内だけでなく、ユーシヌス海までの沿岸十ヶ国の動静にも精通しておりますので」


 確かに今回の旅では、千マーク(約二百三十五キロ)もの重さの大荷物を抱えている。移動の小回りが利かず、無駄な移動を行う余裕が無い。どの国が何を考えているのか分からない状態では、質の良い情報収拾を行う斥候兵が欠かせないのだ。

 さらにレビィアタンの卵を兵器活用しようとする、無謀な集団がいるとの情報もある。表だけではなく裏側の情報が、どうしても必要になるのだった。


 回避できる危険はできる限り回避するのが、この旅の主眼となっている。ハインリヒの能力であるが、横にいる元大山猫の二人が何も言わないのであるから、折り紙付きなのであろう。

「大体アンタ、身体を張って人助けするキャラじゃないでしょう! いったい何を考えているの」

 過去にあった事を考えれば当然であるが、エルマは納得しない。敵意丸出しである。しかしハインリヒは、何も感じていないような様子で返答した。


「こちらのクルトさんには、大きな借りがありましてね。それをお返しするための参戦です。それに卵の扱い方によっては、大勢の人死が出るんでしょう? その中には私の将来のカモえじきになる人が、いるかもしれないじゃないですか。勿体無い事です。人死には少ないほうが良いに決まっていまからねぇ」

 何とも人を喰った返答をして、彼は鉛の大甕の方に歩いてゆく。興味深そうに周りを見回すと、甕の蓋に手をかけた。


「不用意に開けないで下さい。魔の波動が漏れ出てしまいます」

 極力、ハインリヒから身を遠ざけていたシスターが、彼の手を止めた。彼は眉を顰める。

「運ぶものがどんな物なのか見ておかないと後々、面倒な事になると思うのですがね?」

 胡散臭い男から、至極もっともな正論が出た。そこでクルトと打ち合わせを行った上、人里から離れ、周りを大木で覆われた場所へ大甕を移動させる。これは瘴気が周辺に悪影響を及ばさないための配慮だ。更に全員に複数個の精霊の護りを身に着けさせる。


「それじゃ、ちょっとだけ開けるよ。甕の中を覗くときは、息を止めていてね」

 服を重ね着し素肌を隠したユーキが、大甕の蓋に手をかけた。オットー、カタリーナ、ハインリヒ、アーチャンが、甕の周りに集まる。鉛製の重たい蓋が、ゴトリと音を立てた。


 ウワン


 砂に埋まった純白の卵の上部が目に映る。実際には何も音が出ていないのに大甕の周りに立つ者たちは、魔の波動の塊が身体にぶつかった様な衝撃を受けた。身に着けていた精霊の護りが、バキバキと音を立てて砕け散る。

 恐らく容器に溜まった瘴気が、蓋を開ける事で一度に噴出したのだろう。


 ゴトン


 ユーキが蓋を閉めた。四名は止めていた息を深く吐き出す。ケルピーに至っては身体の細かい震えが、何時まで経って止まらない有様となった。


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