第26話 森のご馳走


 ウビイの街を出てから二日間は、街道沿いの集落に宿泊し問題なく進んだ。

「さぁ、ここからだぞ」

 レオンはユーキ達初心者に、真剣な表情で説明を始める。

「ここから先、大森林を超えて大きな川を渡らなければ、イザールに到達できない。街道沿いではあるが、宿があるような集落は極端に少なくなる」


「お姫様達も野宿をするの?」

「テントや調理器具も積んでいるから、食事や寝る場所は問題無い。だが、宿と違って安全面で不安が残る。騎士団が交代で不寝番をするが、夜間は格段に危険度が上がる」

「僕たちは何をすればいいの?」

 ユーキの質問に、レオンは肩を竦めて答えた。

「不寝番の交代要員や、テントの設営・分解は出来るかな。まぁ、ノア、エルマとシスターは力仕事よりは、姫様や侍女たちの相手や手伝いをしてやってほしい」


『了解!』


 メンバーが元気良く答えた。暫くすると馬車が停まる。夕方の早い時間ではあるが、宿泊予定地に到着したようであった。これからの行程は夜明けとともに出発し、この位、明るいうちに宿泊準備を済ませてしまうパターンになるいう。


 引越メンバーや騎士団がテントなどの設営を終えると、侍女などの女性陣が夕食を作り始めた。平服の赤髪姫が弓矢を携えて、オットーの近くに歩いて来た。

「食料調達に行く。オットー、付き合え」

「姫様になっても変わらねぇなぁ」

「一日中、馬車に乗っているだけだと身体が鈍る。お前もそうだろう?」

「よし! 一丁やるか」

 オットーは薪を割る手斧を取ると、立ち上がった。騎士が声をかける。

「何人か護衛を付けますよ!」

「いや、良い。ガチャガチャ音を立てると、折角の獲物が逃げてしまうからな。それに大山猫の赤髪姫と戦斧ハルバードが相手だぞ。半端なモンスターなら返討ちだ。すぐ帰ってくるから、待っておけ」

 二人は片手を挙げて、森の中に入って行った。


 二人は本当に小一時間程度で戻ってきた。兎が三頭に雉が二羽。極めつけはオットーが担いできた鹿である。

「うわぁ、凄い成果だねぇ!」

 ユーキとノアが獲物を見て目を丸くする。

「これだけあれば、この大所帯でも夕食3回分にはなるだろう。どれ、捌くか」

 赤髪姫は躊躇なく、鹿に短刀を突き立てた。ズバッと音がして鮮血がほとばしる。

「うーん」


 それを見たユーキの意識が遠くなり、その場にパタリと崩れ落ちた。



 パチパチと薪が爆ぜる音。肉と香辛料が焼ける良い匂いが、一面に漂う。ユーキとノアは焚火の前で、争うように焼き上がったジビエに噛り付いていた。

「あぁ、ノア君。それ僕が育てていた奴だよ!」

「なんだよ。さっきは鹿の血を見て、失神していた癖に」

「……解体は気持ち悪くても、焼肉は美味しいの!」


 侍女やシスターたちは咲き誇る花を愛でる様に、じゃれ合う二人を見つめていた。他愛もない二人の言い争いを聞いて、オットーは苦笑する。

「まだ肉はある。足りなければ、また採って来てやるから、喧嘩をするな」

 そんな大男をユーキはマジマジと見つめた。美青年に長時間見つめられて、オットーは落ち着かなくなり、鼻頭を指先で掻き始めた。


「オットーさんは街にいるより、野外にいた方が生き生きしているねぇ。何だか頼り甲斐も凄くあるよ」

「何、失礼なこと言ってるんだ! オットーさん、すいません」

 オットーに対して敬語を使い始めている、レオンが慌ててユーキの頭を小突く。

「そうだぞ。オットーは頼りになるいい奴だ」

 赤髪姫が会話に割り込んで来た。片手にはウサギの後ろ足の焼肉をぶら下げている。

「大山猫でも古株だしな。恐らくどんなパーティにでも、喜んで受け入れられる実力者だ。今、食べている物を見ても分かる通り、野外料理の達人でもある」


「そんな凄い人が、どうしてユーキと引越屋さんをしているの?」

 ノアの一言で、オットーと赤髪姫の間に微妙な空気が流れる。

「いや何、俺も年だからな。いつまでも冒険者稼業という訳には行かんだろ」

「そんな事ないです! オットーさんは現役バリバリです! 稽古をつけて貰っている俺がいうのだから間違いありません」

 レオンが熱く語り始める。彼の素晴らしさを更に言募ろうと、立ち上がったレオンの口を、ユーキが後ろからソッと抑えた。


「声を抑えて。何か聞こえない?」

 森の奥からオオカミの遠吠えが聞こえる。しかも複数だ。オットーが顎に手をかける。

ワーグ巨大オオカミの声だ。焼肉の匂いに惹かれたかな。少し夕食を豪勢にし過ぎたようだ」

「さてどうする?」

「焚火を絶やさなければ、普通は問題無い。ただし不寝番の数は増やさないといかんだろう」


 赤毛姫とオットーは騎士団と打ち合わせに入る。今までの陽気な空気が、張りつめた物に一変した。やはりここは、城塞都市の内部のような人間の縄張りではなく、モンスターが闊歩する土地なのである。

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