第25話 六人目のメンバー


 一寸した騒動もあったが、梱包・積込作業は無事完了し出発の日となった。儀仗兵を先頭に武装馬車五台と、二十名の騎乗した騎士団が表門から城を出る。

 五人の引越メンバーは、最後の馬車に同乗していた。流石に領主差し回しの武装馬車は、広く乗り心地も良い。人間だけでなく多数の荷物も同乗していた。


「うわぁ。凄い見物人だねぇ」


 ユーキは窓から車外を眺める。城壁の出口までの大通りは、見物客でごった返していた。引越馬車一行は南側の城壁門から、城外へと出発する。儀仗兵が門の脇で敬礼を行い、一行を送り出す。騎士団も儀礼兵に返礼する。その姿には微塵の隙も見られなかった。


「さて、これからは城外だ。暫くは問題無いが半日も進めば、レベルの高いモンスターも出て来る。気を引きしめて行こう」

 レオンはユーキとノアに向かって、話しかけた。冒険者として有名を馳せたオットーと、施療師のゾフィアにとっては当たり前の事だが、彼らは城外から遠く離れることは、初めてなのだ。注意を怠ることは出来ない。


「この世界に来てから僕、スライムしかモンスターを見ていないんだよね。このお話、読者から本当に異世界ファンタジーなのかって、クレームが来ないか作者がドキドキしているみたいだよ」

「本当だよね。もう五万字を超えているのに、クエストの一つも解決していないもんね」

 クツクツと笑うユーキとノアの不思議なコメントに、レオンはポカンと口を開けた。


 その時、同乗した大きな荷物の一つがガタガタと震え始めた。籐製の大ぶりな行李が、動き始める。

「うわぁ。何か動いているよ?」

 ノアが気味悪そうに行李を指差す。それを見てユーキが首を傾げた。

「あれ? あんな荷物あったっけ?」


 ガタガタ。ズルリ!


「わぁ! 蓋が開いた!」

 怯えて抱き合うユーキとノア。行李の中からは蓋を退けた金髪の少女が現れた。

「エルマ!」

 レオンが慌てて妹を抱き上げる。

「お前、どうしてここに居るんだ。学校はどうした!」

「学校の方は大丈夫よ。きっちり話はつけてあるから、進級や単位には問題ないわ。もうすぐ秋休みでしょう? それを利用したのよ。足りない出席日数分はイザール現場レポートと、冬休みの返上でカバーするから」


「そんな事を聞いているんじゃない! この旅は危険で、遊びじゃないんだぞ。何で黙って、こんな無茶な事をするんだ」

「だって、ズルいじゃない。イザールなんて遠方、私、行ったことないのよ? それに領主の城の中に入れるのでしょう? そんな機会、見逃せる訳ないじゃない。私がイザールへ行くのは、シュルツ商会の将来の為でもあるのよ」

 エルマはレオンに抱き上げられて、足をブラブラさせていた。その状態でも自信満々に言い切る。それからチラリとユーキを見つめた。


「何よ、ユーキ。私が居たら迷惑だった?」

 ユーキはフニャリと微笑んだ。

「全然。開梱のやり方も上手だし、お姫様達の相手をして貰うのにも助かるよ」

 その言葉を聞いて、エルマの身体から一瞬力が抜けた事に、レオンは気付く。虚勢を張っているものの、拒絶されずに受け入れられた事に安心したのだろう。溜め息を付いた彼は、妹をソッと降ろした。

「父さんと母さんは、この事を知っているのか?」

「お母さんには相談したわ。ほら、これ」


 エルマはポケットから銀色のコンパクトを取り出した。蓋を開け、鏡の部分を指ではじく。暫くして景色が滲み始め、鏡の中の風景が切り替わった。

「あらあら。もう見つかっちゃったの?」

 鏡の中にはハンナが映っている。シスターが興味深そうにコンパクトを覗き込んだ。

「これは…… ずいぶん小さな魔法の鏡ですね。高価な品物なのではありませんか?」

「あらシスター、ご機嫌よう。このコンパクトは、代々シュルツ家に伝わっている魔道具で、値段は付いていないのよ。ところで今、どの辺りなのかしら?」

「ウビイの外壁を出てから、馬車で30分くらい離れた所です。この鏡での会話は、どの位の距離まで可能なのでしょうか?」

「ダウツ国内は大丈夫じゃないかしら。でもイザールは離れているから、どうなるか分からないわね」

 二人の会話を見ていたユーキが目を丸くした。

「RINEのビデオ通話みたいだねぇ」


「そんな事より!」


 呑気な会話に焦れたレオンが、会話に割り込む。エルマからコンパクトを引っ手繰る。すると鏡の画像が乱れ始めた。慌ててエルマがコンパクトを奪い返す。

「コンパクトで会話するには魔力がいるの! 私から離さないで!」

「お、おぉ。すまん。それより母さん。父さんは、この事を知っているのか?」

「うふふ、まだ知らないのよ。ビックリするわー、きっと」


「ビックリで済むのか?」


 レオンが当然の疑問を口にする。ハンナは極上の笑顔を浮かべた。それを見たエルマ、レオン、ユーキが恐怖に震え上がる。

「大丈夫、大丈夫。それより貴方たち、こんな機会は滅多にないのだから、一杯勉強してくるのよ。あら、カールが帰ってきた。じゃあ、またねぇー」

 唐突に鏡の表面が揺れ、ただのコンパクトに戻った。この後、カールはどのような理不尽な目に会うのだろうか。何となく三人は互いに視線を合わせ、肩を竦めた。


「とにかく私も作業員になるから! もう決まった事だから!」

 エルマはメンバーを睥睨して、腕を組んで胸を張った。メンバーは敢えて異論を唱えなかった。唱えた所で、どうなるものでもないだろう。暫くしてユーキは小首を傾げた。

「でもこの行李は誰が運んだんだろう? 見た覚えが無いよねぇ」


 これまで一言も口を挟まなかったオットーが、居心地悪げに身動ぎした。

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