第61話 大岡裁き



 銀髪の美女が首を振るとリーダーは、淡々とこれまでの経緯を説明し始めた。

「なるほど、キーフ大帝国の差し金か。かの地には忌々しいが、腕利きの調教師テイマーが揃っておるからの」


 ケルピーは眉を顰めた。それから小首を傾げるユーキたちに、説明を始める。ダニューブ川が流れ込むユーシヌス海は、三方を陸地に囲まれた巨大な内海である事。内海は様々な国と面しているが、東のトゥルキエ、西のロムニアやモルドゥヴァ、そして北の大国、キーフ大帝国が主な構成国である事。


 それぞれに異なる文化を持つ国々であるが、特にキーフ大帝国は強欲な大国として、その名を轟かせている。周辺の弱小国を次々と併呑し、それぞれの王族たちの秘儀や魔術を貪欲に吸収・進化させて国力を増強させて来た。


「おそらくレビィアタンの卵を孵化させ、幼妖を使役しようとでも企んでおるのじゃろ」

「でもレビィアタンって、神様なんでしょ。使役なんて出来るの?」

 美青年の質問に、銀髪の美女は肩をすくめる。

「出来るとは思えん。じゃが成功すればユーシヌス海沿岸を、全て支配出来るじゃろうな。いかにも奴らが考えそうな事じゃて」


 どうやら半魚人で反抗的なグループは、キーフ大帝国の調教師の術に掛かっていたようだ。それを同盟国トゥルキエの暗殺教団が利用していたのが真相であるらしい。

「思ったよりも大掛かりな包囲網じゃな。海で待ち受けられているとすれば、船で下る利点も、もうそれほど残っておるまい」

 さて、とケルピーはリーダーを見つめた。

「これから先は総力戦になる。お前らの処分に掛ける時間と労力が惜しい。後始末は先送りじゃ。先ずは命がけで努めよ」


『ハハァ!!』


 足元の甲板が震えるような大きな返答が、ダニューブ川に響き渡る。船の周りの半魚人達は、これまでの態度が嘘のようにキビキビと動き出す。その動きを眺めた後、銀髪の美女は妖しい眼付きで美青年を見つめた。

「これ、ユーキ。私や眷属の力があれば、レヴィアタンの幼妖を手懐ける事が出来るやも知れんぞ。やってみるかぃ?」

「そんなの要らない」

 美青年はヘラヘラ笑いながら即答する。ケルピーは柳眉を上げて、質問を続けた。


「何故じゃ? ユーシヌス海沿岸国全てを支配できれば、この世の富を全て手に入れる事が出来るのじゃぞ」

「お金は大切だけど食べていけるだけあれば、それで十分。それにダニューブ川よりユーシヌス海の方が大きくて、生き物も沢山いるんでしょう?」

「当り前じゃ。海より大きな川なぞ有るものか」

「アーチャンぐらい凄い水妖でも、ダニューブ川の面倒を見きれないのに、海の面倒なんて誰が見れるのさ」

 銀髪の美女はニタリと笑った。甲板の半魚人にジットリとした視線を飛ばす。


「ヴォジャノーイ、今の答えを聞いたかぇ?」

「ハッ!」

「こ奴ほど欲の無い人間も珍しいが、これも正解の一つと思わんか? 自分の手で持てる以上の欲は、こぼれ落ちて自分の足元をすくうものじゃ」

「……肝に命じます」

 リーダーは一度深く頭を下げると、川に飛び込んで行った。急速に速度が上がる船。川風に銀髪を靡かせた美女を見て、ユーキはフニャリと微笑んだ。


「昔、TVの再放送で見た、時代劇の大岡越前みたい。アーチャンって偉い水妖なんだねぇ」

「お主が何を言いたいのか良く分からんが、それは褒めておるのかの。それならもっと盛大に、崇め奉っても構わんぞぇ」

 ケルピーは苦笑しながら、美青年の黒髪をグリグリと撫でた。それから眉を顰める。


「一応危機は乗り越えたが、問題は山積みじゃ」

銀髪の美女は指を折り始める。


一つ 海に着く前に海船を手配し、乗り換えなければならない事。

二つ 敵に襲われずに重たい容器と卵を、船から船へ移さなければならない事。

三つ おそらく河口で、待ち受けている敵の大群を躱さなければならない事。

四つ 広大なユーシヌス海の、どこに卵を戻せば良いのか分からない事。


「どれ一つ取っても難問じゃて。見通しは暗いのぅ。特に船を岸に着けられないのが痛い。岸に行けば敵が、ウジャウジャ湧いてくるだろうからの」

「この船で海は渡れないの?」

「無理じゃな。この時期の季節風が強くなるから、波も高くなる。横腹に高波を喰らえば、一発で転覆じゃ」


 それからユーキはケルピーに船の構造のレクチャーを受けた。海で運用しているのは、この川船より大きい中型のキャラベル船や大型のキャラック船が一般的である事。地元の漁師が沿岸で使う船には、この船より小さなものが存在するが、そんな小舟では重さに耐えられず、卵を積んだ瞬間に沈んでしまう事。


「海の水妖達も、敵に操られているのかな?」

「さて、それはどうじゃろう? 人間共は陸上の妖怪の調教テイムは得意としているが、水妖は苦手なはずじゃ。何しろ普段、私たちは顔を合わせんからの。ヴォジャノーイ達が引っ掛かったのが珍しいと思うぞぇ」

 フムフムとユーキは頷いた。それからフニャリと微笑んだ。


「ちょっと思いついたんだけど、聞いてもらって良いかな?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る