第65話 配車係の苦悩
キャラック船への残留を希望した、青年士官と古株の船員数名を残し、乗組員は川船に押し込められた。
「岸までは送ってやる。ヴォジャノーイ、ご苦労であった!」
手を振るケルピー。半魚人に動かされる川船が、岸に向かい始めた。慌てて調教師が大声を上げる。
「おい、ユーキ! お前、俺より調教師の才能があるんじゃないか? 気が向いたらキーフの俺の所に遊びに来い。色々教えてやるから!」
美青年はウンザリした様子で、川船に苦笑を浮かべた。
帆を降ろしたキャラック船は、ユーシヌスの大海原を疾走する。甲板でヘラヘラ笑っているユーキにエルマが話しかけた。
「随分大胆な作戦だったわよね。成功したから良かったけど、失敗したらアンタの命まで危なかったんじゃないの?」
「うん。『横持ち作戦』大成功!」
「大体何よ、横持ちって?」
「えーっとねぇ」
ユーキは説明を始める。元の世界では引越シーズンは、三月上中旬辺りが繁忙期になっていた。忙しくなるのが分かっていれば、仕事の件数を絞るなり、車や人手を増やせば良いと門外漢は考える。
しかしそうも行かない事情があるのだ。この国では企業の異動や学校の進学など、どうしても引越はこの時期に重なってしまう。何しろ暇な時期の三十倍以上の依頼が、四月一日に向けて連日殺到するのだ。
それだけの経営資源を、暇な時期に遊ばせておける会社がある訳も無い。その為この時期は、人材派遣会社やトラックのレンタル会社の玉数の奪い合いになる。
「僕が働いていた引越屋さんは、経営母体が地方私鉄会社で業界中堅クラスの規模だったの。その時期は殺人的に忙しくて、毎年配車係の何人かが鬱病になっちゃうくらい大変だったんだ」
大手業者ですら車や人手の手配が間に合わず、レンタカーも底を尽く。そこに関連会社の上級社員から、横紙破りの追加依頼が捻じ込まれる。
「あ、言い忘れてたんだけどさぁ。親会社の常務の息子の友達が急な転勤になったんだ。急で悪いけど対応宜しくねー」
引越業界の内情を知らない、関連会社の営業担当者の能天気な声。これに胃をヤラれる、鬱病一歩手前の配車係。
数歩譲って、上級社員の息子までは良い。何とか伝手を辿って、関連業者に同じようにゴリ押し出来る。しかし、その友達は完全な他人であって、コネなど使いようがないではないか。
上司に良い顔をしたいが為の、営業担当の無茶振り。そしてこれがまかり通る日本文化の恐ろしさ。
ある年の事。この手の無茶振りに対応すべく、やり手の配車係が禁断の秘術を編み出した。ここで詳細を公表すると現実社会において、時空の歪みが発生する恐れがある為(もう時効だとは思いますが)、フンワリと説明する事にしよう。
このような横紙破りの依頼は、拒否できない場合が多い。その為、一旦受けるが詳細を公表しない。見積書は空白ばかりで、荷受けと荷下ろしの日付にも幅を持たせる。繁忙期だからと顧客に納得させたうえで、料金を通常の倍以上吹っ掛けるのだ。
「普通なら、これでお断りの連絡が来るんだけどねぇ」
ユーキは肩を竦める。それでもOKを出す剛の依頼者には、やり手配車係が秘術を尽くす。同業他社の荷台の隙間をジャックしたり、鉄道コンテナ便を使用したり、帰省するという社員の車のトランクを利用したり、○○したり、××したり(一部実話または伏字)、荷物を纏めず、バラバラの便で着地に発送するのであった。
「荷物が着けばいいんだろ! 着けば!」
配車係の悲壮な高笑い。着地には引越のヒの字も知らないアルバイトが一人、ポツンと立っているだけだ。後は依頼を捻じ込んできた営業担当が、バラバラなタイミングで運ばれて来る荷物を、一日がかりで受け入れる羽目となる。
例えばベッドのマットレスと、土台が別の便で朝と夜に届くと言った状態である。細々と、途切れ途切れに続く引越作業。営業担当と荷下ろしの作業員が後始末に冷汗をかくのであった。
当然、顧客からは大クレームである。それはそうだろう。相場より高い料金を払って、いつ終わるとも知れない引越作業を、延々と待ち続けなければならないのだ。こんな扱いを受ければ、文句の一つも言いたくなるのが人情だろう。
そのクレームを受けると、やり手配送係はこの引越にかかった運賃を顧客に提示する。倍支払った料金より、バラバラに発送した運賃の方が高いのである。人件費など入れていないから、大赤字だ。それを見た顧客はクレームどころか、無茶を言って申し訳ないと、詫び状や菓子折りを送って寄越す事すらあったという。
赤字分の料金?
何でも営業担当の営業経費から、無理矢理引っ張って来て帳尻を合わせたとの事であった。ハッキリ言って誰も得をしていない。三方一両損の案件である。
……繁忙期の引越は早めに予約するか、時期をずらすのが無難なのであろう。
「横持ちってね。一度に運べない荷物を別々に運んで、途中で一か所にまとめる事を言うんだ。それから大きな車で着地に向かって発送するの。引越す家の前でまとめる横持ちなんて、それまで聞いたこと無かったけどね」
この案件の後、引越センターに怒鳴り込んできた営業担当と、それを突っぱねる配送係を宥める役を押し付けられた事を思い出して、美青年は肩を竦めた。
「そんな無茶な事だって、やればできたんだもん。レヴィアタンの卵もキーフ大帝国の船に乗り換えて、運んで貰うのも有りかなって思ったんだ」
ユーキはフニャリと笑った。エルマは消化不良の表情を浮かべて小首を傾げる。
「いや、その…… 話の半分くらいは分からなかったけど、アンタと配車係の人も色々大変だったのね」
「僕は何もしていないよ。引越チームにアーチャンや皆が居たから出来た作戦だもん」
美青年の言葉を聞き、船上の全員が苦笑した。すっかり騙された形の青年士官や、古株の船員達ですら肩を竦めている。何となく船内の雰囲気が柔らかくなった。そこで当然のように金髪の美少女がユーキに質問する。
「これからは危ない事は控えてね。それで、卵はどこに運べばいいの?」
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