第66話 卵の置き場所



 そう言われても美青年はヘラヘラ笑っているだけである。嫌な予感に襲われる少女。

「……アンタもしかして」

「いや、海の船をゲット出来ただけでも良かったでしょ? 学校の先生も言ってたよ。問題は一つ一つ解決するんだって……」

「良い訳ないでしょうが!」

 金髪の美少女は美青年の胸倉を掴んで、ガクガクと揺する。

「この船の乗組員を岸へ返しちゃったじゃない! もう船を乗っ取っているのはバレているのよ。この船を取り返しに来られたら、どうするのよ!」

「そうだよねぇ。どうしようか?」


「ムキー! どうしようか? じゃないでしょう。ここまで考えたんだから、最後まで責任持ちなさいよ」

 エルマに噛み付かれても、ユーキはヘラヘラ笑ったままだ。見かねた赤髪姫が間に入る。

「まぁ、船を取り返しに来るのにも、一日やそこらの猶予があるだろう。その間に見つければいい。ケルピーに聞いてみるか? この海に棲むクラーケンなら何か知っているかもしれないし」

「もしクラーケンたちが知っていたら、アーチャンは質問しているし、もう教えてくれていると思うよ」

「それもそうか。さて、どうしたものか。君たちは何か知らないか?」


 会話を振られた青年士官も思案顔だ。

「この海で生まれ育ちましたが、卵をどこに帰せば良いかという伝承を聞いた事がありません。おそらく古文書に書かれていないという事は、陸に帰した調教師たちも知らないという事だと思います」

 船に残った古株の船員たちも同様に頷いている。


 フォ~


 全員が頭を抱えている時、美青年の耳にいつか聞いた笙の音が入ってきた。

「あれぇ。この笙の音は……」

「笙って何よ。私には何も聞こえないけど」

 美青年は辺りをキョロキョロと見渡す。甲板をフラフラ歩くと、小首を傾げた。

「右側の方から、笙の音がするみたい。何かの合図かな?」

 ケルピーは肩を竦める。

「私たちには、どうすることも出来ん。ここはユーキを頼ってみるかぇ。これ、その音はどこから聞こえるのじゃ?」


 美青年は船首に立ち、耳を澄ませる。彼が右手を振れば右へ、左手を振れば左へ。キャラック船は、ユーキの指示通りに進み始めた。


 笙の音に誘われて船を進める事、三十分。ユーキ達は不思議な光景を見た。目の前の黒い海面が直径百フス(約三十メートル)の円状に色を変えていた。円の海水はコバルトブルーに輝き、透明度も抜群に高い。

「俺ぁ、長い事ユーシヌス海で仕事してきたが、こんな海、見たこたぁねぇな」

 古参の船員の中でも最年長の男が目を見張る。彼は古い伝承を話し始めた。


 ユーシヌス海は昔、アクシンスキー(不親切)海と呼ばれていた。海の精霊に変えられたドス黒い海水は、魚たちの呼吸を止め殺してしまう。生物が全く住み着けない、死の海だった。

 ある日、このアクシンスキー海にレヴィアタンが現れる。海の精霊と共に語らい、剣を沈めた深海部分以外の黒い呪いを、解消したのだという。それからは数多くの生物が生息でき、豊かな漁場も生まれたのだ。


「今でも黒い呪いは生きている。この海の深い部分では、魚も貝も何も獲れない。これは海の精霊の仕業だ。レヴィアタンは、この海の呪われた黒い水を減らし、海の生物を守る守護神だ」

「へぇ。本当に神様なんだねぇ」

「そうだ。だから卵とは言え、人間が手を出していい物じゃない」

 ユーキは船縁から明るい円を覗き込んだ。

「ここから笙の音が聞こえるみたい。今の話からすると黒い水が透明になっているから、この奥にレヴィアタンがいるんじゃないの?」

『……』

 黙り込むパーティーメンバーと船員達。


「そんな事を言われても、誰も返事は出来んじゃろ。これ、ユーキ。お前は、そう思うんじゃな。ここに卵を帰せと」

 ケルピーの問いに、美青年はフニャリと微笑んだ。銀髪の美女は小さく頷く。

「クラーケン!」

 ケルピーの声と共に、船内に大蛸の脚が雪崩れ込んできた。鉛の容器をしっかりと、その脚に抱くとズルズルと船縁まで引き摺る。

「あ、ちょっと待って!」

 ユーキは鉛の容器の蓋に取り付き、その蓋を外した。


 ウワン


「よし! 円の中に入れちゃって!」


 ドボン!


鉛の容器は、ひっくり返り中から卵と周りの砂が、海へと落ちて行った。息を詰める船員たち。しかし特別な事は何も起こらなかった。

「これは成功って事でいいのかなぁ」

 美青年がヘラヘラと笑った時、円から大量の光が放出された。その強烈な光はキャラック船を包む。


……そして何も見えなくなった。


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