第43話 これまでの苦難



 レビィアタンの卵を運搬する、ウビイまでの道のりは苦難を極めた。何しろ卵からは強い魔の波動が放出され続けているので、長時間近くにいる事ができない。当初は船で搬出する予定だったが、島を出て大陸に到着するまでの僅かな時間で、卵の瘴気に当った船乗りは全員動けなくなった。


 このまま航海を強行すると、卵から離れる事ができない船上の乗員は全員死亡する。という魔導士の助言によって上陸後、陸路で運搬を開始した。卵の形はほぼ球体であり、大きさは直径三.二フス(一メートル)程度である。ただし重さが百マーク(二十三.四キログラム)あり、揺らして刺激を与えないように、輿を作って四人で運ぶ事にした。


 ただし輿によって作業員の身体が、卵から幾らか離れたとはいえ一時間もすると、運搬作業員は魔の波動の影響によって動けなくなってしまう。交代しようにも一度、瘴気を浴びると悪影響が癒えるまでに数週間かかるため、作業員は一度しか使えない。

 無理をさせると動けなくなるばかりか、死亡してしまう作業員が続出した。


「ウビイからユアン島までは、どの位の距離があるの?」

 ユーキは小首をかしげる。軽騎士は生真面目に答える。

「ザッと千二百マイレ(九千キロメートル)くらいでしょうか」

「一時間に一マイレ進むとして、単純計算で四千八百人の作業員が必要になるな」

 レオンは頭を抱えた。

「実際には輿に台車を付けて、馬で運ぶ方法を考えましたから、作業員は千人以下で足りました。ただし数十頭の馬が潰れましたが……」


「とりあえず実物を見ないと何も分からないよねぇ」

 ユーキは肩を竦める。シスターは懐から小さな紫色の天然石を取り出した。

「これが精霊の護りです。魔の波動に対して防御となるようですので、教会で人数分持って行く事にしましょう」



 ユーキ、シスター、レオン、エルマと案内の軽騎士の五名は、精霊の護りを手に取るとウビイの城壁を北口から出た。海岸はダウツ国の北側に位置する。ノルマン海と呼ばれる海に面していた。

 商会に残ったカールとハンナは、運送のための労力や資金計算、出発の手配を初めている。

 必死の運搬班も、さすがに物騒な卵を城内に持ち込むことは躊躇われた様で、人気ひとけの無い海岸に置いてあった。野次馬が周辺に散らばっているが、ウビイの騎士団が警護し追い払っている。


「そういえば海沿いに住んでいるのに、海岸に来たことなかったねぇ」

 開放的な景色が嬉しいらしくユーキは、ニコニコしながら腕を振り回していた。呑気な彼を見て、レオンは肩を竦める。

「まぁ水が冷たすぎて、夏でも泳ぐのはキツイもんな。ビーチは風が強すぎて日光浴をしていると、砂だらけになっちまうから落ち着かねーし」


「今は海水浴の話どころじゃないでしょう! あれがそうじゃないの?」

 エルマが広い海岸線の一角を指差した。確かに純白の球体が鎮座している。ユーキが無造作に近づこうとして、シスターに腕を引かれた。

「用心してください。どうなるか分からないのですから」

「まだこんなに離れているから平気だよ、きっと」

 ヘラヘラと笑うユーキの頭上を、一羽の海鳥が通り過ぎて行った。


 ピィ……


 海鳥は卵の上空で力無くさえずると、ポトリと砂浜に落ちる。それを見てレオンが顔を引きつらせた。気を引き締めた彼らは、シスターの提案で風上からおっかなびっくり卵に近づくことにする。騎士団に敬礼されて、ギリギリ安全そうな距離まで近づいた。


 確かに卵がある近くの植物群は、見事に枯れ果てている。植物にとって昼は熱く夜は寒い激しい温度差と、極端に少ない水分しか無い砂浜は生存し辛い場所である。その砂浜に生育できるほど強靭な生命力を持つ彼らでさえ、魔の波動には敵わないらしい。


 シスターは胸に手を当て、何かを詠唱している。レオンとエルマは心配そうに彼女を見つめていた。 ……ユーキは砂浜を眺めてヘラヘラ笑っていた。

「やっぱり海岸には色んなものが、打ち揚げられているんだねぇ」

 ユーキは砂浜で木材や、壊れた何かの部品を拾っては眺めていた。そんな彼を見てエルマは鼻を鳴らす。

「ユーキ! 少しは真面目にできないの」

「僕が考えたって、何も分からないもの。あ、これ金属容器かな?」


 どうやら複雑な形の錨の破片らしい。窪みの中には雨水が溜まっていた。中でジタバタと泳いでいる昆虫を、彼はボンヤリと眺めている。詠唱を終えたシスターに、ユーキは話しかけた。

「シスター、何か分かった?」

「……そうですね。測定道具を使っていないので、正確なところは分かりませんが、卵の魔の波動はかなり強いです。この瘴気を浴びると生き物の身体は、徐々に壊されていくようですね。強烈な波動を浴びれば即死してしまいますが、弱い物を浴びても長期間、悪影響が残るでしょう」

 こんなに恐ろしい物を私は見たことがありません。と、いうシスターをボンヤリ眺めながらユーキはフニャリと笑った。


「僕、ちょっと思い付いた事があるんだけど」


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