第57話 襲撃者の素性



「お前を追ってきた連中だが、あの格好を見ると東の連中か?」


 オットーがニヒルな中年男に声をかける。彼を追いかけて撃退された襲撃者の服装。前開きの独特な形をした長衣に、砂塵よけの色鮮やかなスカーフ、そして細身の曲刀。

 全て、この辺りの物ではない。ダウツから東へ遠く離れ、遥かユーシヌス海を超えた場所。トゥルキエと呼ばれる国の民族衣装だった。


「こんな遠くまで御苦労な事ですが、その通りです。イズマイール派の方々ですね。囮パーティーが襲われる情報を拾っていたところ、出会い頭に彼らに見つかってしまいました。」

「トゥルキエの暗殺教団がお出ましか。これは厄介だな」

 戦斧が眉根を寄せ、厳しい表情を浮かべた。事情の分からないユーキは小首を傾げる。ハインリヒは説明を続けた。


 特殊な宗教団体であるイズマイール派の集団は、その教義が過激過ぎて世間から疎まれていた。何しろ殺人が教義の中で認められているのだ。

「詳しい話は省略させてもらいますが、彼らの考えでは善人も悪人も死ねば、天国へ行くのだそうです。ですから苦難に満ちた現世から、天国へ私らを解放するのは彼らにとって、最大の善行なのだそうですよ」


「好意の押し付け感が凄いねぇ。イズマイールの天国って、どんな感じなのかな?」

「さて、それは私には分りかねます。レビィアタンの卵を手に入れる事が出来れば、下々の者を効率的に天国へ送れると考えているのでしょうね」

 ニヒルな中年は肩を竦める。確かに大都市の真ん中に卵を転がせば、大惨事間違いなしだろう。


斥候兵ハインリヒよ。ご苦労だった。船がダニューブ川にある限り、わが眷属の加護の内じゃ。暗殺教団など恐れるに足らん」

 ケルピーがハインリヒに声を掛けた。彼は肩を竦めて返礼する。

「今回の索敵の最右翼はイズマイール派の方々なのですが、他の集団も様子を見ているだけでなく、何かあれば手を出してくると思われます。特にここから下流の国々は、紛争やら内乱やらで国力が低下していますからねぇ。人心も荒んでいますよ」


 その時、船縁にニクセの少女が顔を出し、ケロケロと声をかける。銀髪の美女は眉を上げた。

「船を動かす種族が変わる刻限じゃ。これからはニクセに変わり、半魚人ヴォジャノーイが担当する。あぁ、此奴らじゃな」

 トドの様に太った身体と蛙の頭を持つ水妖が、川面に浮かび上がった。大きな目とへの字に引き結んだ大きな口を持ち、猫のようなピンピンとした髭を生やしている。

「ここから先は儂らが仕切らせてもらう。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれ」

「わぁ、ヴォジャノーイって、話せるんだねぇ。凄いなぁ」


 船縁からユーキが顔を乗り出し、半魚人を見つめた。彼はギョロリと目を動かすと、美青年を無遠慮に睨め付けた。

「ニクセ共が騒いでいた『三日月の妖精』とは、お前の事か。確かに美しい。どれ、船の中には男が三人に女が四人っと」

 ヴォジャノーイの言葉に指を折るユーキ。どうも何か勘違いしているらしい。美青年が口を開こうとした所に、さらに言葉を重ねる。

「グリンディローとニクセには、食事を振舞ったらしいな。俺らには肉を出してくれ。できれば生肉がいいな。そこの馬や羊なんか、生きが良くていいんじゃないか」


 言いたいことを言うと半魚人は、船に乗せていた家畜を細めた目で眺めて水中に消えた。

「うわぁ、何かいけ好かない水妖だね。ハッチャン達とは大違いだ」

「うむ。奴らは人間の言葉を話すから、人慣れしておる。また、ここら辺りのまとめ役がいなくなって、勢力を伸ばそうと躍起になっておるからの」

「アーチャンが、この川のまとめ役なんじゃないの?」

 ケルピーは言いづらそうに眉を顰めた。


「今はそうじゃ。だが以前はリントヴルムの縄張りだった。あ奴が居なくなって暫定的に私が、この辺りもまとめておる。だがのぅ、ダニューブ川は広すぎて、全てを私だけで管理するのは難しいのじゃ」

「あれ? リントヴルムって」

「去年、お主らが倒したドラゴンの事じゃ」

「あちゃ~」

 ユーキは頭を抱える。自分達の代表を倒した相手の手伝いなんて、気持ち良く行える訳が無い。美青年を見て、銀髪の美女は肩を竦めた。


「そこは気にせんで良い。何しろリントヴルムの縄張りを、ヴォジャノーイ一族は狙っておったのだからな。口にはせんが、邪魔者を除いてくれて感謝しとるのじゃないか」

 やはり生きて行く為には、縄張りと利益を確保しなければならないのだろう。これは水妖でも人間でも同じ事だった。


 ケルピーは半魚人達の説明を始める。曰くヴォジャノーイは男性型しかいない事。個体数が多く、人語を話す個体も多い事。水妖の中で縄張り拡大の野心に燃える一族で、他の一族からの評判が悪い事などである。


 船旅は順調に進む。


 女型のニクセに比べて、男型で身体の大きいヴォジャノーイは力が強いのだろう。緩やかな流れの川面を切り裂いて船は進んだ。しかしオットーの表情が浮かなくなってきた。

「食材が足りなくなってきた」

 これまでのグリンディローとニクセは、食べる量が少なかった。遠慮していたのか、主食は自分たちで食べていたのかは知らないが、船に積んでいた半端物で十分足りていた。しかし半魚人達は違う。休憩の際に出していた軽食を、幾ら出してもお代わりを要求してくるのだ。


「一か月分以上の食材を積んでいたのだが、在庫がヤバい。どこかの街で食材を仕入れなければならない」

「食事に関してはあ奴らは、大いに満足しているようじゃ。あと少しで海じゃから、すまんが頼む」

 ケルピーが頭を下げる。戦斧は苦笑いして手を振った。


「陸地を進んでいたら、馬車による移動に次ぐ移動だ。敵襲にも備えなければならなかったから、食事に悩む暇なんて無かっただろう。こちらは想像より遥かに楽をさせて貰っているよ」

 ブッキャリアの平均的な街の近くで、船を岸に寄せる。近くに知り合いがいるというハインリヒの案内で、オットーとレオンが船から降りた。


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