第56話 スロヴェンスコにて
エスターライヒを出国すると、スロヴェンスコに入国する。とは言え、余りにも巨大なダニューブ川上の船の往来を管理できる国など無く、いつの間にか出入国が済んでいたというのが、ユーキの実感であった。
オットーに聞くと、大きな船着き場では税関業務が行われているらしい。これは鉱物や高価な織物など公式なものだけで、周辺の食品や生活用品の移動などは完全にフリーパスであるとの事だった。
スロヴェンスコは典型的な内陸国家で、五ヶ国と国境を有している。鉱物など地下資源が豊富であるため、資源に目を付けた他国や武装集団と、国境付近での諍いや小競り合いが止む事が無い。
「年を取って喰えなくなると、この国の傭兵になるのが、冒険者の生き方の一つにもなっている。何しろ戦争は起きていないが、国内のどこかで必ず小競り合いが頻発している。勤め口を探すのは簡単だ」
「オットーさん達も、そのうちここに移り住むの?」
「まぁ、俺一人なら、それも選択肢の一つになる。だが今はな……」
戦斧は赤髪姫の方を見て肩を竦める。
「無頼な生き方も良いが、小銭を貯めて居酒屋でも開こうかと相談しているよ。美貌のウェイトレス兼用心棒もいるからな」
「お店が出来たら、絶対行くから!」
「お得意さんを一名ゲットだな」
オットーはユーキに笑いかけた。
二人が雑談を交わしている間に、数体のニクセがケルピーに報告を上げる。頷いた銀髪の美女は、また短く彼女たちに何か指示を出した。その内に船は、岸寄りに進路を変更する。岸辺の所々に農地や建物が見えるようになった。また、運搬船を付ける簡易な船着き場が設置されている場所も現れた。
「アーチャン、あの船着き場に留めるの?」
「どうやら
美青年の問いに銀髪の美女は眉を上げる。見れば内陸の方向から、土煙がこちらに向かってくるようだ。目を凝らせば馬に乗ったハインリヒが、頻りに後方を気にしているようである。
「何だか余計なのも連れて来ているな」
いつの間にか船縁に大弓を抱えた、未来の
曲刀がハインリヒや彼の乗馬に迫るが、のらりくらりと攻撃を躱し、全速力で船に接近してきた。
「やれやれ、やっと船が見えてきました。しかし不味いですねぇ。もう、馬の脚が持ちませんよ」
ビンッ
ぼやくハインリヒの両頬を、光の軌跡が通過する。乗馬のスピードと被矢の衝撃で、追手の二人がアッという間に落馬した。
「同時に二矢を射て、両方命中ですか。流石は大山猫の赤髪姫」
更に二矢でまた二人、最後の一人は踵を返そうと馬を竿立てた所を、一矢のもとに射倒された。
「味方にして、これほど頼もしい方は中々いらっしゃいませんよねぇ。敵に回さずに済んで何よりです。いや、本当に」
ニヒルな中年は小首を振りながら、乗船した。自分より先に乗馬に水を与え、労をねぎらう。
「貴方のおかげで、また命が繋げましたよ」
それから自分は、少しずつ白湯を口に含み始める。干乾びるほど喉が渇いてはいるが、水をがぶ飲みして体調不良になる事を避けるための知恵だった。さらにゾフィアが回復詠唱を行い、細かい切り傷を塞ぎ始めた。
「もう話す事はできるかな?」
「えぇ、オットーさん。それでは現在の状況をご説明します」
ハインリヒは唇を歪めながら、話し始めた。
ユーキ達と別れたイザール領主家宰クルトは、まず囮として別に三パーティーを放つ。彼らには本物の卵を運んでいると伝え、目的地に着けば多大な報奨金を支払う事を約束した。今の世の中でレビィアタンの卵を見たことがある人間は一握りである。疑う者などいなかった。
採用の条件はただ一つ。絶対にレビィアタンの卵を、運搬していると公表しない事だった。
「だってそんな事を話したら、敵が群がって来るじゃないですか」
当たり前といえば当たり前の話であるが、イザールの重臣が言うと重みが違う。彼らは本気で信じた。本物を運んでいるのは自分たちで、他のグループは偽物である、とも。
冒険者ギルドでも盛大な募集が掛かり、腕利きのメンバーからドンドン採用されていった。その為、イザール通常防衛に人手が回らなくなり一時、他の城塞都市の騎士団が回された程である。
そして極秘裏(と参加者たちは思っている訳だが)に、しかも早急に囮パーティーは出発した。一組目は出来る限り直線距離を、他の二組もルートが被らないように調整される。
直線距離で進んだ集団は、イザールを出発してから三日目に襲撃された。彼らは
そしてその夜、襲撃者の本体が彼らを襲った……
「そんな感じで二つのパーティーが、出発して十日以内に壊滅しました。一番遠回りしている隊は、まだ健在ですが近い将来、同じ目に会うのでしょう」
ハインリヒは肩を竦める。ユーキは複雑な表情を浮かべた。
「僕達の為に、犠牲者が出ちゃったんだねぇ。何だか悪いなぁ」
「初めに言っておきますが、甘い事は考えないで下さい。この任務は、どんな犠牲を払っても成功させなければいけない案件です。人命も代償になる事は、初めから分かっていた筈ですよね」
淡々と話すシルバーブロンドの中年男。アッサリとした話し方が、真実を語っていると皆に認識させた。美青年はションボリと肩を落とす。
「でもまぁ、クルトさんの事ですから、できる限りの救援は出しているでしょう。それに亡くなった方の遺族にも、何かしらの手当がされると思いますよ」
言わなくても良いことを呟いたと、ハインリヒは口元を歪める。どうもこのパーティーに参加していると、自分が甘くなってしまうと気を引き締めた。
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