第37話 支店開設の打診


 引越作業は大過無く終わり、予定していたイザール特産品の買い付も終了した。後は雪が降る前に、大急ぎでウビイに帰還するだけである。ユーキ達は赤毛姫にお別れの挨拶をしに行った。


 堂々とした風貌のカタリーナの横に、愛想笑いを浮かべた青年が立っている。イザール領主の跡取りらしい。

「皆、世話になった。気をつけて帰るんだぞ」

「カタリーナ様も、どうかお幸せに」

 オドオドして、ロクに口を開くことができない男性陣。エルマが皆を代表して、挨拶をする。一行を見渡して、赤毛姫は首を傾げる。


「オットーは、どうした?」


「別にする必要のない、武装馬車の整備をしています。お別れの席に来たくないんでしょう」

 エルマの説明に、カタリーナは苦笑した。

「アイツらしい。冒険の時は、あんなに心強い奴はいないのに、こういう時は役立たずだな。 ……気は優しくて力持ちか。宜しく伝えてくれ」


 赤毛姫は片手を上げると、一度も振り向かず城へ戻って行った。影の薄い旦那は、慌てて彼女の後を追いかける。


「うわー、男前だねぇ」


 ユーキは彼女の背中を見送りながら、目を見張った。本当にサッパリとした別れの挨拶である。帰路の手続きにクルトとハンスが打ち合わせを始めた。ユーキを見て、イザールの家宰は声をかける。


「聞きましたよ。引越作業で我が街の兵達に感心されたようですな。女官達からの評判も上々です。このお仕事は将来の見込みがあるようですな。どうです、イザールにも支店を持ちませんか?」

「そういう話はレオンとして下さい。僕はただの作業員ですから」

「イヤイヤ、そんな事ありませんよ。私の見た所、作業リーダーは貴方のようでした。何、経営の方は私共に任せて貰えれば、悪いようには……」

 クルトは抜け目のなさを存分に発揮する。そこにエルマが割り込み、彼に微笑みかけた。


「支店開設の件は、ウビイに持ち帰って前向きに検討させていただきます。イザールと繋がることができるとなれば、シュルツ商会としても望外なお話です」

「おい、エルマ!」

 慌てたレオンは、妹の肩を掴む。しかし彼女は、全く怯まない。逆に兄を窘めていた。

「普通、他都市に出店するとなれば、大変な手間・資金と時間がかかるのよ。それを、この都市の実務責任者の方に保証して頂けるなんて、ありがたいお話じゃない」

「イヤイヤ。できれば経営は、こちら側で……」

「その辺りの案件も商会で、検討させていただきます。雪解けの頃には、ご連絡させて頂くことになると思います。今回は本当に、お世話になりました」

 ニッコリと微笑むエルマに、イザールの家宰は開いていた口を閉じる。交渉のキーパーソンは兄ではなく、この金髪の少女である事に気付いたのだ。


 慌てて彼はポケットから、小さな髪飾りを取り出す。地味に見えるが、かなり値の張る品物だった。

「今回は素晴らしい仕事を拝見させて頂きました。これは美しい貴方への捧げ物です。イザールのお土産とでも、お考え下さい」

「まぁ、これは素晴らしい贈り物をありがとうございます。ノア!」

 馬車の中から、小箱を抱えた少年が飛び出してきて、箱を家宰に差し出した。不思議そうに首を傾げながら、蓋を開けるとウビイ特産のチョコレートが入っている。

 しかしチョコレート箱の割には、ズッシリと重い。良く見ると箱は二重底になっており、下部には金貨がギッシリと詰まっていた。クルトはコホンと咳払いをする。


「これはこれは。私が甘い物に目が無い事を、良くご存じで。お陰でこの体型ですよ」

 家宰はポッコリと突き出た腹を叩き、フォフォフォと笑い始めた。


「このお菓子は、シュルツ家から家宰様へのお礼となります。どうかお納め下さい」

 エルマもオホホホと微笑んだ。二人の高笑いが城下に響き渡る。ボンヤリとその光景を眺めていたユーキは、ポツリと呟いた。

「リアルな山吹色のお菓子って、初めてこの目で見た。この場合、クルトさんが悪代官で、エルマが越後屋になるのかな?」



 挨拶を済ませたウビイの一行は、イザール城塞都市を離れ、夕暮れ時にダニューブ川に到着する。川辺には、この旅で最大・最後の厄介が佇んでいた。銀髪の美女が口を開く。

「ユーキ。来年の雪解けには会えるのよな」

 縋りつく様な視線を受け、ユーキはビクッと背筋を伸ばした。言い知れぬ恐怖に、どうして先程の会話をケルピーが知っているのか、聞く事さえできない。

「ええそうよ。春を楽しみにね」

 馬車から降りたエルマが、そう答える。彼女の声を聞いてはいるのだろうが、ケルピーはユーキから目を放さない。大きく深呼吸してから、ユーキも馬車から降りる。

 

「アーチャン。絶対に会えるとは約束できない」

「ユーキ!」

 驚いたエルマが大声を上げる。しっかりと銀髪の美女を見つめて、ユーキは言葉を続けた。

「きっとこれから、イザールで引越が商売になるか検討するんでしょう。その結果がどうなるか、僕には分からない。絶対に君と会えるなんて、約束なんかできないよ」


「ちょっと! せっかく私がアンタの為に……」

 そこまで言って、エルマは自分の口を押える。支店開設の案件はケルピー対策でもあることが、彼女に伝わってしまった。ユーキは気にせずに言葉を続ける。

「でも支店開設の話が進んだら、初めにイザールへ行くメンバーになれる様に、精一杯の努力をするよ。他の用でダニューブ川の近くに寄ることがあれば、君の顔を見に行くことも約束する」


 銀髪の美女はニンマリと笑った。

「小娘の企み位、予想できない私ではないわ。今、ユーキが言った事が、精一杯出来る事の全てじゃろうて。それで良い。これから川を渡るのかえ?」

「今からだと最後が渡り終えるのと、日が落ちてしまう。渡河は明日かな」

 オットーがのんびりと答える。ケルピーは鼻に皺を寄せた。


「今年の雪は早いぞ。今から渡るが良い。渡河の安全は、私が請け負った」



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