第33話 要らない轡


「初めに確認しておくがシスターは、モンスターの回復をすることが出来るのかな」

「えぇ、カタリーナ様。それほど多くありませんが、実績もございます」

「となると、アイテムは馬勒ばろく(別名:馬具)か」

 赤髪姫は武装馬車の荷物箱から、予備のくつわ(別名:ハミ 馬の口に含ませる金属製で棒状の道具)を取り出して、シスターに渡した。受け取ったゾフィアは、轡を胸に抱きブツブツと呪文を唱える。


 暫くすると鉄製の轡が銀色に輝き始めた。シスターは轡をユーキに渡し、ニコリと微笑んだ。

「この轡をケルピーの頭に乗せて下さい」

 言われた通り、ケルピーの頭に轡を乗せるユーキ。暫くすると白馬の火傷が小さくなり始めた。動けなかった白馬が、ゆっくりと立ち上がり始める。


「ユーキは私の物。ユーキは私を助けた。ユーキは私のマイスター……」

「うわっ、何か病んでる感じ。傷が痛むのかなぁ」

 ブツブツと何事かを呟くケルピーを見て、ユーキはドン引きする。元の世界で出会った、病んだ美女を思い出しているのだろう。そんな彼を見て、白馬はハッとした表情を浮かべた。それからゆっくりと川に沈み込んでいく。


「川底に帰ったのかな? ケルピーが助かって良かったねぇ。それじゃあ、移動の準備をしようか」

 ユーキは伸びをしながら皆に、フニャリと笑いかける。複雑な表情を浮かべる彼らが、艀の到着地点へ歩き始めようとした時、川から声が掛けられた。

「お待ちください。主よ」

 いつの間にか川岸に、銀髪の美女が佇んでいた。彼女は跪き、轡を両手でユーキに掲げる。

「こちらの轡をお返しいたします」

 ユーキが恐々と轡を受け取ると、ケルピーは深く頭を下げた。


「厚かましいお願いですが、私に名前を頂けないでしょうか?」

「ケルピーじゃ駄目な……」

「駄目です! 主を、おい人間と呼ぶのは、おかしいでしょう?」

 喰い気味に答える彼女の勢いに、ユーキはタジタジになる。馬に名前なんて付けたことが無い。ウーちゃんとか、マーちゃんでいいのかな? 


 頭を抱えていたユーキが、ふと思い出す。元の世界のチリさんが、競馬が大好きだった。お気に入りの馬は、今世紀最強の牝馬とか言ってたっけ? 確か名前は……

「気に入らなかったら、そう言ってね。アーモンドアイってどうかな?」

「アーモンドアイ!」

 ケルピーは顔を上げて、ユーキの瞳を見つめた。

「まるで主の美しい切れ長の瞳を頂いたような、素晴らしい名前です」

「え! ケルピーって内臓とか、ホルモン系は食べないんじゃなかったの?」

 ユーキはドン引きして、後退る。慌てて銀髪の美女は両手を振った。

「頂くの意味が違います! 確かに食べたら美味しそう…… ゲフンゲフン! これからは、私をアーモンドアイとお呼びください。いつでも主の為に働かせていただきます」


 ケルピーの言葉に周囲の人々がザワつき始めた。エルマが驚いたように口を開く。

「凄い。ユーキはケルピーの調教師テイマーになったのね!」

「テイマーって何?」

「モンスターを使役する職業よ! しかも高位モンスターであるケルピーを使役できるなんて、あまり聞いたことがないわ。どこの冒険者パーティーにだって、受け入れられるんじゃない?」

 アーモンドアイは華麗に銀髪の頭を下げた。

「私は遥か昔から、この地に住んでおります。ですが、主を頂いたのは初めてのこと。至らぬところはございましょうが、そのお手にある轡が主の証。いつでも私をご使役下さい」


 ウワァァ…!!!


クルトを含め、イザールの人々が歓声を上げた。それはそうであろう。ダニューブ川の難問・難敵が一つ消えたのである。川を渡る交易がしやすくなり、人の往来が増えるだろう。関係城塞都市に取っても、大きな経済的意義が見込まれるに違いない。

 当人のユーキは小首を傾げていたが、トコトコとケルピーの所へ歩み寄り、轡を彼女に手渡した。


「……これ、要らない」


 アーモンドアイを含め、周りの人々はポカンと口を開けた。いち早く我を取り戻したクルトが、大声を上げた。

「イヤイヤイヤッ! その轡にどれだけ価値があるか、分かってんの?」

「使役って事は、ケルピーを奴隷にするって事でしょう?」

「モンスターなんだから、当たり前でしょう。ケルピーを使役できれば、このダニューブ川の水運を手に入れる事ができるのですぞ。この川は数か国を流れる国際大河だから、下手をすれば一国の王よりも水運料の実入りが期待できるかも……」

 そこまで言って、小男は銀髪の美女に両手を出した。

「ユーキが要らないというなら、この私が……」


 アーモンドアイの目付きを見て、クルトは慌てて手を引っ込めた。彼女は薄く笑う。

「もう少し手を前に出したら、喰い千切ってやろうと思っていたのに……」 

 ケルピーはモンスターの性情を露わにする。ユーキ以外の人間と馴れ合う事が無いと宣言したも同然だった。


 周りにいた人々は、またザワツキ始める。それはそうだ。この川を安全に渡ることが出来るかどうかの瀬戸際なのである。何となく避難がましい視線がユーキに集中した。いつもならヘラヘラして言いなりになる、彼には珍しく主張を取り下げない。

「僕には難しい事は分からない。けど、人でもモンスターでも奴隷なんかにしては、いけない事は分かっているんだ。元の世界で同じような事をしていた人たちの、引越をしたことがあるけど、本当に碌でもない事なんだよ……」


 轡を受け取らない理由をユーキは、ポツポツと話し始めた。

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