第32話 胡散臭い小男


 余りにも高位なモンスター同士の戦いの為か、恐れをなした低位モンスターである死肉漁りやウォーター・リーパー等は現れなかった。今が好機とばかりに艀によるダニューブ川、渡河が始まる。

 始めの船からイザール側の岸に、ユーキが降り立つ。すると正装を施した小役人風の、チョビ髭を生やした小太りな小男が現れた。

「貴方様がカタリーナ姫ですな。イザールへようこそ!」

「カタリーナ様は、後ろの艀でやってくるよ?」

「またまた! 貴方様の姿を拝見すれば一目瞭然。ウビイのお姫様は御綺麗ですなぁ。ハスキーな声もゾクゾクいたします」


 全体的に小作りな中年男は、ユーキの手を取りグイグイと待たせてあった馬車に誘おうとする。

「ちょっと、オジサン! ほら、カタリーナ様が乗った艀が着岸したよ」

「オジサンなどと他人行儀な! 私めの事は、クルトとお呼び捨て下さい。ササッ、お城へご案内いたします」

 オットーやシスターが茫然としている間に、ユーキは馬車に押し込められそうになる。


 ヒョイ!


 クルトは赤髪姫に襟首を摘ままれて、持ち上げられた。

「出迎えご苦労。私がカタリーナだ」

 彼の視線は飾り立てられたドレス姿のユーキと、完全武装をした弓兵姿の赤髪姫の間を何往復か彷徨った。

「またまたぁー。私を揶揄ってどうしようと言うのですか?」

「クルトさん、本当に彼女がカタリーナ姫ですよ」

「マジ?」

「マジマジ!」

 地面に降ろされた中年男は、ガクガクと首を縦に振るユーキに向かって顔を顰める。両手で頬を何度か叩き、首を振った。それから何事も無かったかのように、赤髪姫へ大袈裟な一礼する。

「カタリーナ姫、遠路遥々お疲れ様でした。私めが、姫様をイザール城へご案内致します」


 アラララ……


 あまりの軽薄さに、ユーキ達はズッコケた。赤髪姫は苦笑しながら話を続ける。

「済まないが艀を後、三往復させなければならない。二時間ほど待ってもらえないだろうか?」

「イヤイヤ、姫様だけ先に行くわけにはいかないのでしょうか」

「これだけ大騒ぎした後だから、もうモンスターは出て来ないとは思う。だが念のため、私とオットーは全ての艀の護衛に付く」

「そういう任務は騎士団の方に…… イヤイヤ、あのお手並みを拝見すれば、その方が宜しいかと。では、お待ちさせて頂きます」

 あっさりとクルトは了承した。戻りの艀に大山猫が乗り込むと、ユーキは髪飾りを外しドレスを脱ぎ始めた。


「な、な、お嬢さん。何をしているのですか!」

「こんな格好をしていると、碌な事が起きないから着替えるんですよぉ」

 カタリーナのドレスを汚さない様に馬車へしまうと、レオンから渡されたオレンジ色のツナギに着替える。その様子を茫然と見つめていたクルトが呟いた。

「男じゃないか!」

「そうですよ。僕は引越作業員です」

「一介の労働者が何で、そんな恰好をしていたのかね」

「まぁ、色々ありまして」

 ユーキが貰った水で化粧を流していると、川下が騒がしくなった。ユーキ、レオン、ゾフィアそしてクルトの四人が何とはなしに、騒ぎの元に歩き始めた。


「うゎ、ケルピーの死体だ」

 見れば右半分が黒焦げになった白馬が、岸に打ち上げられていた。悪名高いモンスターだけあって、誰も触ろうとはせず遠巻きに眺めている。ユーキが近づくと、白馬がモゾリと動いた。

「……まだ、死んではいないよ。まぁ、身動きできないから、死んだも同然だけどねぇ」

 無傷の左側の顔が皮肉そうに歪む。トコトコとケルピーに歩み寄ったユーキは、白馬に突き刺さっている破魔矢を引き抜き、腰に巻き付けているポーチからポーションを取り出した。


「コレコレ、黒髪の君。一体何をするつもりかね!」

 クルトは慌てて声をかける。ユーキは、フニャリと微笑んだ。

「僕の名前はユーキですよぉ。何をするのかって、手当をしてあげようと思って」


『オイ!』


 周りにいる野次馬が、全員でユーキに突っ込んだ。

「ユーキとやら! ケルピーは人を襲うんですよ。そんなモンスターを助けてどうするんですか」

 クルトの叫びに、周囲の人々が同意する。

「それにケガを直してあげても、モンスターなのですから感謝などしてもらえませんよ?」

 シスターもピントの外れたコメントをする。ユーキは矢傷の跡にポーションを振り掛けながら、首を捻った。

「感謝して欲しいとかじゃないんだ。言葉を話せる、意思の疎通ができる生き物が困っていたら、助けて上げたいんだよねぇ」

「おいユーキ。お前、甘すぎるぞ」

 レオンがユーキの肩に手を掛ける。その手をシスターが留め、首を横に振った。


「私が間違っていました。困っている人が居たら助けて差し上げる。それが神の使途としての勤めです」

 クルトとレオンが手を頭に当てて、空を仰ぐ。そこに第二便の艀が到着した。人ごみに気づいたオットー、赤髪姫それにエルマが覗きに来た。

「おぉ、ケルピーじゃないか。大怪我で動けないのか」

「姫様、良い所に! このユーキめが、モンスターの介抱をすると言い出しまして」

 クルトは両手を振り回して、文句を言い立てる。赤髪姫はオットーと視線を交わすと、肩を竦めた。


「まぁ、良いのじゃないか? そんなに珍しい事でも無いだろう」


 カタリーナのセリフに、小男は盛大にズッコケた。

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