第31話 二頭のモンスター


 リントヴルムは、水柱を避けるために軌道を修正した。その羽ばたきで艀は大きく揺れる。水柱の根元からは、白馬の上半身が浮かび上がった。白馬は上空を見つめ、口を開く。

「リントヴルムよ! この艀の人間は私の獲物だ。腹が減っているなら、その他の人間を喰らうが良い!」

「うわっ。随分、自分勝手な事を言っているねぇ。フガ!」

 ユーキの口を、レオンが慌てて抑える。

「お前は喋るなって! ……まぁ、もう遅いか。空からリントヴルム、川からケルピー、水に落ちたらウォーター・リーパーって、逃げ場が無いよな」


「……ケルピーよ。お前の獲物や縄張りは全て儂の物だ。どこで何を喰おうが、お前に指図されることはない」

 リントヴルムは地面が震えるような低音で、ケルピーに返答した。どうやら二頭のモンスターは、縄張り問題で揉めている最中であるらしい。何やらリントヴルムとケルピーが小競り合いを始めた。

「……あれ? 今の内なら川を渡り切れるんじゃない?」

「いや。モンスター達が少し動いただけで、大波が起きて艀が転覆してしまう。おい、カタリーナ。狙うならどっちだ!」


 オットーの問いかけに、赤毛姫は弓矢で答えた。破魔の護符を付けた矢が数本、ケルピーに向かって飛んでいく。

「よし分かった!」

 オットーは投擲槍を白馬が浮かぶ、水面ギリギリに投げつけた。水中に隠れてしまうケルピーを、先に仕留めた方が各個撃破となり勝率は高まる。またユーキに執着していないリントヴルムを、後で相手にした方が渡河方法の選ぶ選択肢が増えだろう。

 これだけの思考を大山猫の二人は、言葉も交わさずに一瞬で共有した。


「えぇい、洒楽臭い!」

 ケルピーは舌打ちをして、身を翻した。矢と槍を避けるのと同時に、鋭い水柱を上空に打ち上げた。水柱の堅い塊がリントヴルムの羽に直撃する。バランスを崩した飛竜は落下するも、水面近くで態勢を立て直し、ケルピーに向かって炎を吐いた。

 紅蓮の炎が白馬を直撃する。鼓膜を揺さぶる高音の悲鳴を上げて、ケルピーは川の中に沈んだ。


「さて、ケルピーが狙っていた獲物はどれだ? さぞかし美味そうな獲物だろうて」

 先行と後行の艀の間に、ホバリングしながら陣取ったリントヴルム。含み笑いを浮かべているが、物凄い迫力だ。蛇に睨まれた蛙のように、恐怖で護衛の騎士団が動けなくなる。


 しかし大山猫の赤髪姫と戦斧ハルバードは怯まない。無言で息を合わせ、飛竜の左右から矢と槍を繰り出した。

「えぇい、往生際の悪い!」

 大きく羽を振るって、矢と槍の軌道を躱す。その瞬間、飛竜とユーキと眼があった。

「何と美しい。ケルピーの獲物はお前だな」

 鰐の口から鋸のような黄色い歯と、長い舌が覗く。瞳孔が縦長で蛇の様な黄色い瞳が、ニンマリと細まる。


「本当にお前は、何にでも好かれるんだな」

「人を食べちゃうモンスターに好かれるって、美味しそうって事なのかな? それでも嫌われるよりは良いのかなぁ?」

 レオンのボヤキに、ユーキは肩を竦める。呑気な二人の声が聞こえたのか、飛竜の首が彼らに伸びて行く。二人の前に、オットーが進み出て戦斧を構えた。


 ズバァー!!!


 水面からケルピーが飛び出し、リントヴルムの首に喰らい付く。白馬は飛竜の炎に焼かれ、右半身が黒焦げになっていた。

「今!」

 赤髪姫の矢がリントヴルムの右目と、ケルピーの首筋に突き立つ。間を置かずにオットーの戦斧が飛竜の頭を叩き割った。青い血しぶきを上げて、水に落ちるリントヴルム。その喉元に喰らい付きながら、ケルピーが呟く。

「ユーキは私の物。誰にも渡さない……」


 おぞましい呟きと共に、二体のモンスターは川底へ沈んで行った。

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