第8話 思い出の木箱
大小二十個の空木箱を積んだ馬車が、ホフマン邸に到着する。今日の作業員はユーキ・レオン・エルマの他に、女性が二名の五人体制だった。今日梱包作業を行う女性作業員は、明日の開梱作業時も同じ人間が付くことになっている。
「何が何処にあったのか、荷造りをした人が一番よく覚えているでしょう」
ユーキは細々と荷造りの方法を教え始める。食器棚の食器は入れやすい順ではなく、棚毎に分けて梱包すること。蓋にはどの食器棚の何番目の棚の品物なのか、メモを貼っておくこと。このメモを見れば思い込みによる勘違いを最小限に抑える事ができること。
ユーキは力持ちなだけでなく、食器の梱包なども物凄いスピードでこなして行った。食器の木箱の隙間には、麦藁を詰めてガタガタと動かないようにする。余りの作業の早さに、呆然とする女性作業員を見て苦笑した。
「そのうち手早くなりますよ。僕に作業を教えてくれた、お姐さんたちは僕の何倍も早かったんだから」
エルマは息子夫婦の部屋の梱包を担当した。お婆さんと二人掛りで作業を進める。
「あら、こんな所に私たちの似顔絵がありましたよ。金婚式のお祝いの時に孫達が書いてくれたものね」
少し歪な線で描かれた、ホフマン夫妻の似顔絵が出て来る。二人は満面の笑みを浮かべて寄り添っていた。お婆さんはそれを見て、お爺さんを呼び寄せる。お爺さんは一目見るなり、鼻を鳴らして肩を竦めた。
「お前さんの気持ちは分からんではない。が、何か出てくるたびに手を止めていたら、いつまで経っても引越が終わらん。儂に見せたいものは昼食の時に、まとめて見せてもらうから、この箱に入れておいてくれ」
お爺さんは大きな木箱を持って来て言う。お婆さんは大事そうに絵を箱に納めた。
昼食はシュルツ商会から持ってきた黒パンのサンドイッチと、お婆さんが好意で出してくれたスープと珈琲で済ませる。その頃には大方の小物は片付き、絵や思い出の品が入った木箱も一杯になっていた。老夫妻とエルマは中の思い出の品を見ながら、昼食を取っていた。
一方的に話すお婆さんの言葉に、笑ったり揶揄ったりして返すお爺さん。エルマも優しく相槌を打っている。本当に幸せな思い出しかないようだ。穏やかに微笑む三人を見て、ユーキは居た堪れなくなる。新居の下見と称してホフマン邸を逃げ出した。
三時の休憩前に全ての仕分けが終了する。夕方までに大物家具とベッド、ホフマン夫妻を新居に移した。本当は旧ホフマン邸で夜を過ごしてもらう予定だったが、城内で過ごせるなら新居で寝てもらう方が安全だ。
まだ食事を作ることができないので、夫妻の夕食は街のレストランで済ませてもらうことになった。夜間、誰もいなくなる旧ホフマン邸の警備をレオンとユーキが行うことに決まる。
全ての手配を終え馬車に乗り込もうとした。その時、一騒動が持ち上がる。
「せっかく運んでもらった、この木箱だが処分してもらう事はできるかな? 費用がかかるなら、その分は別で支払う」
お爺さんは大きな木箱を指差した。エルマが驚いた声をあげる。
「それは家族の思い出の詰まった箱ですよね。何で捨てちゃうの!」
「可愛いお嬢さん、今日は世話になったね。婆さんと話して決めたことだ。この箱があると、毎日これから離れることができなくなる。年寄りとは言え、思い出に浸って毎日を暮らす訳にはいかんのじゃ」
「でも!」
一日お婆さんと作業したエルマには、思い入れが有り過ぎたのだろう。何とか思い直してもらえるよう言葉を重ねるが、二人は聞き入れてくれなかった。
「今日はもう遅い。城外に出る扉が閉まってしまう。帰るぞ」
堪らずレオンが間に入った。馬車に乗り込んだエルマは諦めきれないのだろう。何かをブツブツ呟いている。シュルツ商会の事務所で女性作業員たちを、エルマと木箱をシュルツ家に降ろした。その足で大急ぎで城外へと出る。
「エルマちゃんは優しいねぇ」
「いつもは男勝りなのになぁ。子供と老人には親切なんだ。おっと!」
城外の大通りでレオンは馬車を駐めた。道の真ん中に半透明なゼリー状の生物が一体、居座っている。
「スライムだ。夜が近づくと、こんな場所にもモンスターが現れるようになったんだな」
「モンスターを初めて見た! ねぇねぇ、あれも人を襲うの?」
ユーキは馬車を降りて、スライムを触りに行こうとする。その首根っこをレオンは抑えた。
「構わなければ無害だ。たまに毒があるのや、金属タイプの奴がいるけどな。急ごう。手ごわいモンスターが現れたら厄介だ」
二人を乗せた馬車が旧ホフマン邸に到着した。念のため棍棒を持ったレオンが先に降りて、周囲を警戒する。
「よし。問題なさそうだ。降りてきていいぞ」
馬車を降りたユーキは、レオンに微笑みかけた。
「今日はお疲れ様。ご飯を食べ終えた後でいいんだけど、一つ作った方が良いと思う物があるんだ」
レオンは不審げに、片眉を上げた。
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