第7話 ユーキの初仕事
翌日。朝からユーキはウビィ市場を歩き回っていた。書類や小物を梱包する箱やクッション、家具を養生するパットなど、マース引越センターで使っていた資材の代用品を見て回っていた。
「プラパット(食器などの緩衝材)は、無いから麦藁を切り揃えたもので代用しようかな。段ボールがないのが痛いなぁ。この世界では、まだ紙が貴重品みたいだし」
資材や食べ物の値段を調べて回る。ダウツ国のお金の単位は
「お、ユーキ。ここにいたのか。依頼が入ったぞ」
市場の中でレオンと出会った。どうやらユーキを探していたらしい。
「昨日の今日で、仕事が見つかったの? さすがシュルツ商会、顔が広いねぇ」
「いや最近、ウビィ近郊はモンスターが増えて、物騒だからな。余裕があるうちに安全な所へ移りたい人間も多いのだろう」
「じゃあ早速、現場の下見に行こう!」
ユーキは元気よく、右手を振り上げた。
初仕事は城壁外の住居から、城壁内への引越だった。ウビィ程の大都市でも城外の危険度は上がっていると言う。夜間にはゴブリンやスライムのような、比較的レベルの低いモンスターが出没するようだ。
「強いモンスターは、この辺りに現れないの?」
「絶対出ないとは言えない。だが高位のモンスターは海の底とか、山奥とか人里離れた所に居ることが多いかな」
「そう言えば、この世界には魔法があるのでしょう? 荷物なんてパパッと魔法で運べば良いのに」
「魔法は誰にでも使える訳ではないんだ。家で言うと母親とエルマに適性がある」
ユーキからすれば当然の疑問に、レオンは苦笑した。
「レオンは魔法を使えないの?」
「そうだ。それに手品ではないから、魔法は何にでも使える訳ではない」
攻撃や回復魔法などはあっても、物を正確に移動させる魔法は無い。仮に出来たとしても自力で動かした方が早く、魔力の無駄遣いだ。重たいものを動かすために肉体強化の魔法は使えても、その後の反動で身体を傷めてしまう。それを回復するためにも魔法を使うのは、どう考えても不効率だ。
「何だか不便だねぇ」
「世の中そんなものだ。魔法で何でも出来るなら、モンスターが世の中に蔓延っている訳ないだろ」
「それもそうか」
ユーキは曖昧に頷いて、レオンと歩き始めた。
城外の家から城内の新居までは、馬車で1時間位の距離があった。通常、この位の引越なら、日本でもレンタカーを借りて、自分たちで作業するかもしれない。それを外注に出すのだから、生活に余裕がある依頼人なのだろう。
「引越されるのは、お二人だけですか?」
ユーキの目の前には、品の良い老人夫婦が座っていた。城外のかなり立派な邸宅。老夫婦だけで暮らすには大きすぎる。中位度の結界も張られており、これだけ頑丈な建屋なら、レベルの低いモンスターなど寄せ付ける心配は無いと、レオンは言う。
リビングテーブルで入れられた香草茶を飲みながら、ユーキは作業の打ち合わせをしていた。
「あぁ、そうだ。年寄りだけで引っ越すのは骨が折れるでな。最近は、この辺りもモンスターがチョコチョコ出て老夫婦だけじゃ物騒だしなぁ」
「飾り棚、テーブル、各タンス。全て立派で歴史を積み重ねてきた貴重品です。でも数が多すぎて、城内の新居に入りきらないですよねぇ」
「まぁ、家の家具には全て思い出が詰まっとるでな。儂のジーサンの代から使っていた家具もある。次の代に引き継ぐために大切に扱ってきた。……じゃが、もう必要なくなった」
お爺さんは肩を落とす。お婆さんも寂しそうに微笑んだ。
「この家を継ぐはずだった、息子夫婦と孫たちが死んでしまったのよ」
ユーキは何と声をかけて良いか分からず下を向いた。レオンも肩を竦めて窓の外に視線を外す。
「息子家族は、他の城塞都市に旅行に出たんじゃ。運悪く、その辺りに出るはずのない、レベルの高いモンスターに襲われたらしくてな。乗合馬車もろとも骨も残らなんだ」
お爺さんは苦笑いを浮かべた。お婆さんはハンカチで目元を押さえている。
「そんな訳で、老い先短い老人が欲張っても仕方ない。持って行く家具には印をつける。残った家具は次の住人に使ってもらうとしよう」
翌日に書類や小物を入れる木箱を届ける約束をして、その日の打ち合わせは終わった。
「僕、お爺さん達に何て声をかけて良いか、分かりませんでした」
その日の夕飯の席で、ユーキは肩を落とした。
「ホフマンさんは、あの集落の責任者でね。人望もあるし中々のヤリ手なのだが、運悪くご家族に不幸にあったのだ。家族の思い出が強く残る、あの家から離れたいという気持ちもあるのだろう」
カールもため息を付く。ホフマン一家を襲った不幸を考え、食卓は暗い雰囲気に包み込まれた。その空気を吹き飛ばすように、エルマが声を上げる。
「明日は学校が休みだから、私も手伝えるよ! ユーキ、私に何が出来る?」
「そうだねぇ。僕と一緒に小物の梱包をしようか」
「料金は、どうするんだ?」
「この国の相場が分からないから、レオンが決めてよ」
「それはいい。これからの商売の訓練にもなる。レオン、良く考えて値を付けろよ。期待しているぞ」
カールにそう言われたレオンは、黒パンを齧りながら頭を抱えた。それを見て、ハンナとエルマが笑い声をあげる。やっと食卓に和やかな雰囲気が戻ってきたようだ。
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