第35話 クルトの正体
「そ、それでどうなったの」
クルトは身を乗り出し、喰い気味に先を促した。
「信者の人たちは、分かりました頑張ります。って、涙を流して喜んでいたよ。パトカーの中での話は聞こえていたのに」
「パトカーとかスピーカーとか分からない事は多いけど、三人は騙されていたって分かった筈だよね。何で喜んでいるの」
「執行係さんが言っていた。依存状態が強すぎて、信じたくない事は認識できない状態にされているんだって。だから彼らの耳に入ったのは、『一緒に頑張りましょう』だけだったんじゃないかな? 自分の意思の無い、奴隷と一緒だって言ってた」
ユーキは眉を顰める。それからケルピーを見つめた。
「僕は、そんな人になりたくないし、そんな人を作りたくない。アーモンドアイは、どうかな?」
「主よ。それとこれとは話が違う……」
「違わないよ。僕はユーキ。主と呼ばないで」
くり返しユーキを主と呼ぼうとして、睨まれたケルピーは途方に暮れた表情を浮かべる。
「……ユーキ、私は貴方に命を救われた。この事実は変えられない」
小首を傾げて、何やら思案顔のユーキ。暫くして、指を鳴らした。
「じゃあ、主じゃなくて、友達って事で。友達なら助けてあげても問題無いでしょう?」
誰も納得できていない表情を浮かべる。それでもユーキは、フニャリと笑った。アーモンドアイは長いから、愛称は『アーチャン』にしようと呟いている。
「主……いや、ユーキ! 私はどうすれば」
「今までと同じで良いんじゃない? あ、あんまり人を襲わないようにしてくれると、助かるかな。それじゃ、僕たちは行くね!」
呆然とする銀髪の美女を残して、一行は移動を開始する。
「何とも勿体無い」
鼻を鳴らしたクルトが手を挙げると、大振りの馬車がやって来た。弓兵姿の赤髪姫を誘い、自分は馭者座に乗り込む。馭者は大仰に一礼した。
「遅くなりましたが、イザール城へ」
「分かりました。しかしケルピーを諦めるとは、クルト様らしくありませんでしたね」
肩をすくめたクルトは、苦笑いする。
「ケルピーはユーキにしか、懐かない事は分かりましたしね。ただ彼も良い仕事をしてくれました。『人を襲わないようにしてくれると助かる』か。これからケルピーが原因の水難事故が減るかも知れません」
ウムウムと頷く馭者。それから気が付いたように、クルトへ質問を重ねる。
「なぜ、ウビイの方達が川でモンスターたちに襲われている時、助けを出さなかったのですか?」
「彼らの実力を見ることができますから。それに」
クルトは馭者台から、馬車の中を覗き込む。何やらユーキが金髪の少女にやり込められている。赤髪姫は窓の外をそれとなく警戒していた。誰も馭者台の会話に聞き耳を立ててはいないようだ。
「他都市の使者を助けるために、我が街の戦力を使うのは無駄じゃないですか。人死にでも出たら大損害ですよ」
苦笑いしているクルトの眼は、全く笑っていなかった。
翌日。
ユーキ達はイザール近隣の宿で一泊し、久しぶりの暖かい風呂、柔らかいベッドなどを堪能した。カタリーナは早朝から侍女達に囲まれ、おめかしに余念がない。赤いドレスも本来の持ち主が着ると、迫力のある美貌に凄みが増した。
「昨日、ユーキさんで練習したせいか、手応えを感じます」
メイク担当の侍女は、何度も赤毛姫の化粧を見直し太鼓判を押す。彼女の前には昨日リンドヴルムやケルピーと闘っていた、同じ女性とは思えない赤髪の美女が座っていた。ユーキ達も見学に来て、それぞれに賞賛の言葉を口にする。カタリーナは苦笑した。
「ユーキには負けるがな。昨日は良い物を見せて貰った」
「やぁ、カタリーナ姫。これはお美しい!」
昼前にクルトが迎えに来た。彼の周りには偉そうな文官が何人も立っていた。クルトが馬車の配置や隊列の順番などをテキパキと段取りすると、彼の指示に従って男達が動き始めた。
「あれぇ、クルトさんって偉いんだねぇ」
「こら坊主! 家宰様に向かって何という口の利き方だ」
ユーキに向かって威圧的な態度を取る文官を、クルトは諫める。それから肩を竦めて、ユーキにウィンクした。
「イヤイヤ、私など只の事務屋ですから、偉くも何ともありません。用意ができているようなら出発しましょう」
イザールでの家宰職は、領主一族を除けば一番の権力者である。領主に変わって領地の経営を行い、略式の人事まで担当する。その職能は徴税、軍事、人事にまで及ぶ。
彼に睨まれたら、イザールに居場所が無くなる程の有力者なのであった。
見た目と立ち振る舞いからは、とてもそうとは思えないが。
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