第75話 コンシリエーレ



「クルトさんの施策って、大した物なんだね。薬は足りてなかった様だけど、貧民窟に病院が出来ていたよ。そんな事ちょっと前なら、考えられなかったよね」


 ハインリヒは感心したようにため息を付く。仮に寄付などで一軒だけ病院が出来たら、貧民はそこに殺到し遅かれ早かれ機能不全に陥る。しかし複数軒の病院を同時に立ち上げた事で、それを防いでいるのだ。

 老人が営む病院も、その内の一つだった。クルトは緊急性の高い職種については、複数箇所同時に機能させ、労力を分散する事に気を配っていた。


 それから少年はフト、気が付いたようにマレーネに質問する。

「あのジーサンと何を話してたの?」

「それなんだけどねぇ。ここに来るように使いを出したから、クルトさんが来たら話そうかねぇ」

 気乗り薄に肩を竦める金髪の美女。待つほどのことも無く、部屋へ小男が転がり込んで来た。


「移民マフィアの撲滅方法が見つかったって、本当ですか!」


「ちょっと落ち着きなさいな。どこで話が漏れるか分からないんですから、大声を上げないで」

 マレーネは口元に指を当て、大声を上げないように注意した。小男は照れ臭そうに後ろ頭を掻き、彼女が淹れてくれた茶を大慌てで飲み干す。余りの熱さに、また悲鳴を上げるクルト。

「し、失礼しました。それで、どんな具合なんですか?」

 クルトはマレーネに背中を摩られながら、セカセカと口を開く。彼女は興味無さそうに説明を始めた。



 イザールを牛耳っているの移民マフィアは一応、一つの組織としてまとまっている。しかし良くある事だが現実には、組織は二つの派閥に分かれていた。組織トップであるボスが率いる派と、ボスの右腕コンシリエーレと呼ばれる階級の男が率いる派である。

 そこに若頭アンダーボスの男が絡むわけであるが、若頭は中立を保っていた。彼の存在で組織が分裂せずに済んでいると言って良い。この奇妙な三角関係が、組織を継続させていたのである。


「マフィアにはオルメタの掟とか、十戒とか気取ったルールがあるんだけどね。結局は、うす汚れた金で繋がっているだけの組織なのよ」

 マレーネは心底、嫌そうな表情で言葉を吐き出す。しかし話を聞いている二人は、どうと言うこともなさそうな顔付きをしていた。

 貧民窟に住んでいるハインリヒにしてみれば、知っていて当然のことである。クルトも表面上では無関係だが、街の経営をしている責任者である。全く彼らと関わらないという事は、立場上あり得ない。


「組織のバランスを保っている若頭なんだけど、どうも余命が長くないらしいのよ」

「そうなの? 前も居酒屋で大酒喰らっている所を見たけど」

「居酒屋で急に倒れて、あのお爺さんの病院に一度、担ぎ込まれたらしいんだけどね。重たい胸の病気らしいの。大酒を呑むのは痛さから逃げる為も、あるのじゃないかしら」

 話を聞いたクルトは腕を組んで、唸り始めた。

「……近々ボスと右腕さんの、抗争が始まるという訳ですか。折角穏やかになったイザールの街が、また荒れてしまいますねぇ」

「毒蛇同士、噛み付き合って共倒れしてくれれば良いんですけどね。それには時間が掛かるでしょうし、住民が大迷惑ですよ。それでね……」

 

 マレーネが声を潜める。三人は肩を寄せ合って、密談を始めた。



「まだ見つからないのか!」

 瘦身で高身長なコンシリエーレ。酷薄そうな薄い唇を引きつらせ、耳障りな甲高い声を張り上げた。周りにいる構成員たちは頭を下げて、その声を遣り過ごす。彼は、身近にあった椅子を蹴り倒した。

が無いと、組織ファミリーを保つことが出来ないだろうが!」

 派手な音を立てて椅子が扉に、ぶち当たる。


 キィ


「どうした? 凄い音をさせて」

 ノックも無く扉が開く。そしてデップリと太った、黒髪をオールバックに撫でつけた男が顔を出した。コンシリエーレは途端に態度を変えて、慇懃な声色で返答する。

「これはボス、失礼いたしました。の検索に頭を悩ましておりましてね」

「そうだよなぁ、が無いと人が増やせねぇからな。どこにあるんだろう? お前、隠してないか?」

 二重で大きく垂れた目で、彼はコンシリエーレを見つめた。砕けた態度と軽口を叩くような口調。だが、彼の眼は全く笑っていない。

「ご冗談を。私が隠していたら、こんなに荒れておりません」


 圧力を全く感じてないように、コンシリエーレは返答した。それを見てボスは肩を竦める。

「まぁ、それもそうか」

「それよりボス。を見つけた者が、次期ボスになるというのは本当ですか?」

「あぁ、そうだよ。俺も組織の頭を張り続けるのは、疲れちまったしな。裏切りや出し抜きにも飽き飽きしてるんだ」

 その言葉を全く信用していないコンシリエーレ。見つけてボスに差し出せば、


『ご苦労さん』


 の一言で、約束なぞ有耶無耶にしてしまうに違いない。しかし彼に見つけられれば、組織の中でボスの地位を盤石にしてしまうだろう。それだけはどうしても防ぎたい。

「まぁ精々、頑張って探してくれ」

 ボスは片手を振って、部屋の外へ姿を消した。その背中を睨みつけ、コンシリエーレは舌打ちする。


「おい、お前ら。ボスの御命令だ。もう一度、街中を探し回ってこい! を見つけるまで、帰って来なくていいからな」

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