第48話 引越の段取り
「ちょっと、何を言ってるのよ!」
エルマがケルピーに喰ってかかった。銀髪の美女は金髪の少女の顔を片手で抑えて、ユーキに微笑みかける。
「私は関わり合いのないことに、命をかけるのじゃ。お前も何かをかけて見ろ」
「え、それじゃあ私も、ユーキさんをお稚児さんにしたいです……」
シスターがオズオズと挙手して立候補した。ケルピーは鼻を鳴らす。
「お主はウビイで生まれ、住んでいるのだろう? 当事者なのだから、すっこんでおれ」
「そんな事言ったら、ユーキだってウビイどころかダウツ国の出身ですらないわよ! 関わり合いの無い事に、命をかけるのはアンタと同じじゃない」
「グッ、小娘が痛いところを」
ケルピー、シスター、エルマの三人、は喧々諤々の言い争いを始めた。
あまりに緊張感のかけた展開。クルトでさえツッコミを戸惑っているところに、ユーキがケルピーへフニャリと微笑みかけた。
「うん、いいよ」
三名の視線がユーキに突き刺さる。
「ちょちょちょ、ちょっとユーキさん! 貴方ご自分が何を仰っているのか、お分かりなのですか」
「そうよ、ユーキ! こんな我儘なアーチャンの言うことなんて、真面目に取る必要無いわよ」
「ふぉふぉふぉ。小娘どもが黙っておれ。ユーキは我が軍門に降ったのじゃ」
三人はユーキに摑みかかる。それでも彼はヘラヘラ笑っていた。
「アーチャンが僕に何を望んでいるのか良く分からないけど、こんなに危険な仕事を手伝ってくれるんでしょう? 僕に出来る事なら何でもするよ」
その言葉を聞いて、三人は凍りついたように固まった。エルマとシスターの視線が、ケルピーに突き刺さる。銀髪の美女はキョロキョロと辺りを見回し、薄ら笑いを浮かべた。エルマとシスターはヒソヒソ話を始める。
「これでユーキを自由にしようって言うなら、ずいぶん器の小さい奴よね。相当な高位モンスターなんでしょ、ケルピーって?」
「純真無垢なユーキさんを、己の欲望を丸出しにしてアンな事やソンな事を…… 主はお許しになっても、私は許せそうにありません」
「ふぉふぉふぉ。ユーキよ、其方の心意気は良く分かった。今回の作戦に私も気持ち良く参加しよう」
二人の話を背中で聞き銀髪の美女は突然、ぎこちない高笑いを始めた。ユーキはキョトンとした顔を、彼女に向ける。
「アーチャン、ありがとう! 引越手伝ってくれるの?」
「勿論じゃ。先ほどの戯言は、お前の気持ちを試したまで。お前の決意は受け取った。それにレヴィアタンは、私たち眷属にとって神と同意語じゃ。卵であっても、お守りせねばならんでな」
「それじゃ友達のままで良いの?」
フニャリと微笑む美青年。二人の視線に突き刺されたケルピーは、二、三度口を開閉させる。それから未練がましく、ため息をついた。
「勿論…… あ、どうしてもお主がなりたいというのなら」
ガシッ
最後の抵抗も虚しく銀髪の美女は、エルマとゾフィアに両腕を取られユーキから引き離されたのであった。
引越の打ち合わせは続く。そこに無理矢理連行されてきたケルピーは、クルトに目礼された。
「さて今回、シュルツ商会さんと立案した引越概要について、もう一度説明させていただきます。あぁ、ユーキ君も来ましたね。君はダニューブ川については詳しいかな?」
「ううん。全然」
いっそ清々しく答える青年を見て、イザールの家宰は毒気を抜かれたような表情を浮かべた。それから慌てて説明を始める。
「皆さんご存じの事ばかりかもしれませんが、聞いてください」
曰く、ダニューブ川は全長三百八十マイレ(二千八百五十km)の国際河川である事。十ヶ国に面して流れているが、国名は上流からダウツ、エスターライヒ、スロヴェンスコ、マジャロルサーグ、フルヴァッカ、スルビヤ、ブッキャリア、ロムニア、モルドゥヴァである事。
更に下流北岸においてルーシー国にも面しているが、内陸の隣国と紛争状態にあるため、一つ手前のモルドゥヴァ国からユーシヌス海へと向かう事
「今回最も注目すべき点は、卵の移送にダニューブ川を利用することです。川の流れを利用すれば、馬や人間などを大量に使う必要が無くなります。また少人数での移動が可能なことで、良からぬ輩の目を欺くことも出来るでしょう」
その他にイザールの地から、偽の陸送部隊を数チーム出発させ、襲撃者や邪魔者の目を欺く事なども説明する。
「船は一日で、どの位進むのですか?」
「一時間で0.一三マイレ(約五km)進めば、一日で三.二マイレ(百二十km)位かのう」
レオンの質問にケルピーが答えた。ただしこれは二十四時間、休みなく下っての話となる。通常であれば夜間は不審物との衝突や、モンスター遭遇などの危険回避のため川下りを停止するのが定石だ。しかし今回はダニューブ川の主である、彼女の参加により航行出来るようになると考えているのだろう。
また税関やその他の要件で、船が停滞しなければならない時間を考えると、およそ一ヶ月の船旅となる計算になった
「さてこれが今回、ご用意させてもらった船になります」
クルトはダニューブ川に浮かぶ、大型の船を指さす。引越メンバーが、その船に目を向けた。
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