楽しみを分かち合う引越

第41話 飛び込んできた災難


 長い冬が過ぎ、また春が来た。寒さから解放された樹木や草花が、一斉に芽吹く季節だ。山側の雪が解けると、今まで滞っていた流通が一気に再開される。気がつけばユーキが、この世界に来てから一年が経過していた。

 この時期は物資と共に半年分の噂話も同時に運ばれる為、ダウツ国内の人々は中々に忙しく賑やかだ。


 ダウツ国の沿岸にある城塞都市ウビイ。そこで暮らす人々にも、様々な噂話が飛び交っている。

「今年は雪解けが早かったから、麦が多く獲れるらしい」

「しばらく戦争が無かったから、悪かった景気が良くなるらしい」

 等という比較的温和な噂話から


「イザールに嫁に行った王女様が、行方不明になったらしい」

「ヴォルフ家のバカ息子が流された、最北辺で原因不明の人死にがバタバタ発生しているらしい」

 という物騒(一部真実を含む)な話まで様々だ。道々でそんな噂話を拾いながら、エルマとユーキは孤児院に向かって歩いている。今日は孤児院経営が教会から、ホフマン家に移るお祝いに出席するのだ。

 

 人手と資金が万年不足している教会が孤児院経営をするより、実業家が経営した方が効率的との判断である。なにより息子一家を亡くしたホフマン老夫妻は、ヴォルフ一家から逃げ出していた孤児たちの世話を一手に担っていた。新しい孤児院になってからも、一日も欠かさず顔を出しているらしい。


 ユーキ達が孤児院に到着すると、ホフマン老夫妻が出迎えた。

「今回は孤児院の経営を引き受けて頂き、ありがとうございます」

 如才なく礼を述べるエルマ。ユーキは横でヘラヘラ笑っている。ホフマン氏は苦笑いしながら返礼した。

「いや、婆さんがなぁ。孫が増えたようだと喜んでな。こっちはやっと楽隠居できる、と思っておったんじゃが」

「お爺さん、またそんなこと言って。私が準備で家を出るのが、一寸でも遅れるとプリプリしているじゃないですか。早く子供たちの顔が観たいのでしょう?」

 お婆さんの反撃に、ホフマン氏は空咳をして誤魔化している。


「実際問題、資金運営はホフマンさんの方が、有益に行って下さいます。それから私事で申し訳ないのですが、教会の仕事が立て込み初めまして。私が孤児院運営に充てる時間が限られてしまっていたのです」

 奥からシスターが現れて微笑んだ。脇にはノアも居て、食べ物の入ったカゴをぶら下げている。

「今、お祝いの準備をしているんだ。ユーキも手伝ってよ」

「ノアさん。ユーキさんは、お客様なのですから」

「ううん。待っているのも暇だから、手伝わせてよ。ノア君、何をすればいいの?」

 コッチコッチとノアに手を引かれるユーキ。それを少し妖しい目で見つめていた、シスターが両手を合わせた。

「さて、お祝いの席に移りましょう」


「シスター・ゾフィア! シスター・ゾフィアは、いらっしゃいませんか!」

 

 その時、疫病神が軽騎士の姿で現れた。



 軽装備の騎士は孤児院に入り込むなり、バッタリと倒れた。ユーキ達が慌てて助け起こそうとするのを、シスターは大きな声で止めた。

「彼が、どんな状態か分かりません。触らないでください!」

 彼女は周りの人間を遠ざけると、騎士に右手を翳した。シスターの手がボンヤリと輝く。


「不審な呪いや病気では無いようです。ノアさん、彼に水を。恐らく過度の疲労による失神でしょう」

 お祝いの席は大騒動になった。騎士を助け起すユーキと、水を運ぶノア。意識を取り戻した彼は、喉を潤して一息ついた。ゾフィアを見て立ち上がろうとするが、貧血を起こしたらしく上手く立ち上がる事が出来なかった。尻餅をついてしまった軽騎士に、シスターは屈んで視線を合わせた。


「貴方がシスター・ゾフィアですね! どうか我々をお救いください。レヴィアタン神様クラスのドラゴンの卵が……」


 それを聞いたゾフィアの表情は、堅く引き締まった。彼女の横顔をユーキが覗き込む。

「シスター、レヴィアタンって何?」

「あらゆるモンスターの中で最も高位な、神の存在に近いドラゴンです」

 件のドラゴンを、その目で見た事がある人間は少なく、彼女の知識も書物や伝承によるものであるらしい。


「レヴィアタンは深い海底に住む、大型のドラゴンです。個体数は大変に少なく、その数を把握している人間はいません。

 彼らは数百年に一度、卵を産むそうです。産み落とす場所は決まっておらず一定ではありませんが、卵はユーシヌス海へ移動させなければならない、と言い伝えられています」


「卵を触らずに、その場に放っておけばいいんじゃない?」

「そうは行きません。卵は瘴気を撒き散らし、周りの生物を皆殺しにしてしまうそうです」

 長期間置いておくほど瘴気は堆積・拡散し、一国を全滅させた伝説すら残っているという。いっその事と割ろうとして衝撃を与えると、爆発的な高温を発し付近にいる者、全てを蒸焼にしてしまうとのことであった。


「……何だか、迷惑な卵だねぇ」


 ユーキの呟きが、虚しく孤児院の庭を通り抜けた。

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