第39話 それぞれの帰還


 初雪がチラつき始めた頃、ユーキ達を乗せた武装馬車がウビイ城門を潜った。出発と異なり帰還に、出迎えの人だかりは少ない。貴族が移動するわけでもないので、城門にはシュルツ家や騎士団の関係者が並んでいるだけだった。


 城内の石畳の広場で一行が停止すると、関係者から歓声が上がる。馬車の扉を開くと、金髪の少女がカールとハンナに飛びついた。

「エルマ、お帰り」

「どこにも怪我はない? アラアラ、どうして泣いているの」

 エルマはカールにしがみ付いて、顔を彼の胸に押し付けていた。

「お父さん、勝手な事をして御免なさい。私どうしても、イザールに行ってみたかったの」

「それ以外にも理由はありそうだが、仕事の進捗はハンナから聞いているよ。良く頑張った。お疲れ様」

 カールの言葉を聞いた瞬間、彼女の緊張の糸が切れてしまったようだ。エルマは子供に戻って泣きじゃくり始める。


 妹に遠慮してレオンは、手持ち無沙汰に突っ立っていた。しばらくしてエルマから離れたカールが、彼に右手を差し出す。

「良くやった。期待以上の成果だ」

 顔を赤くしたレオンは、歯を食いしばってカールの右手を握りしめた。それからハンナに抱きしめられる。

「今晩は御馳走よ。うーんと張り切って作ったから、期待していてね」


 何となく馬車から降りそびれたノアが、シュルツ家の出迎えを窓から眺めていた。横にいたユーキが話しかける。

「ノア君は出迎えが無くて、寂しいかな?」

「僕にはシスターやユーキが居るもの。全然、寂しくなんか無いよ」

 それを聞いたゾフィアは、ノアを無言で抱きしめた。


「では、ここでシュルツ家の引越メンバーとは、一度解散させて貰う。レオンは明日にでも登城して、帰還報告を上げて貰いたい。今回は素晴らしい仕事を見せて頂き、感謝する」


 騎士団長の短い挨拶で、長かった引越の旅は完了した。



 ウビイに戻って暫くすると、本格的な冬の季節がやって来た。沿岸沿いのウビイにも雪が降り、東京育ちのユーキは雪国の生活を初体験する。流石に、この時期に引越の仕事は減少した。彼は孤児院の仕事を手伝ったり、シュルツ商会の細々した作業を請け負うことになる。

 エルマは宣言通り、冬休みを返上して学校に通い詰めた。何とか単位を搔き集め、進級に成功する。レオンは時間が出来ると、オットーに武術の稽古を付けて貰うようになっていた。



 年が明け、雪が解け始めた頃、シュルツ商会に赤毛の女丈夫が現れた。

「お姫様!」

 ユーキがビックリした声を上げる。イザールで王族をしている筈の彼女が、冒険者の格好で現れたのだ。赤毛姫は苦笑しながら、ユーキの髪を掻き回す。

「ユーキ、元気だったか? エルマは居るかな」

「ちょ、ちょっと待ってて下さいね!」

 ユーキは慌てて、エルマを呼びに行った。赤毛姫を見て彼女も驚いた顔をする。


「カタリーナ様! どうされたのですか?」

「借りていた、これを返しに来たんだ」

 彼女は胸ポケットから取り出した、銀色のコンパスをエルマに手渡した。彼女はビクリとして、下を向いた。

「……大変失礼しました。この度は御愁傷様でした」

「イヤなに。これで身軽になれた」

「なになになに! どういう話なの?」

 話の分からない、ユーキは両手を振り回して質問する。赤毛姫は苦笑いしながら説明を始めた。


「私の母が病気がちだという事は、話したかな……」

 母親の病気が進行し、カタリーナは看病のために大山猫を離れなければならなかった。その事を知った領主は、自分たちが母親の面倒を見る事を提案する。その代わりにイザールへ政略結婚に赴くようにと提案されたのだ。

「恐らく向こうは、こういうチャンスを待っていたのだろう。母親に問題が無い時に普通に命令されたら、こちらは冒険者だ。どこかに逃げ出され連絡すら、取れなくなってしまう危険性もあるからな」


「それって、体の良い人質じゃない?」

「どう考えても人質だ。引越移動の最中、ハンナさんに話したら、このコンパクトを貸して貰えた。私がウビイに居ない間の、この街の情報を貰っていたのだ」

「それでお姫様がココにいる。 ……ひょっとしてお母さんは」

「亡くなった。ハンナさんの話では、それほど苦しんだ様子もなかったみたいだ」


 ユーキは姿勢を正し、深く頭を下げた。いつものヘラヘラした様子が消えている。

「大変でしたね。何と言って良いやら、分かりません」

「何、これで私は自由だ。イザールの元夫には、意中の女性がいた様だから、私がいない方が良い筈だ」

「そうなんですか?」

「気の弱い男だから、領主おやじの言うことに逆らえなかったのだろう。それに家宰のクルトの承諾も得た。奴はヤリ手だ。息子の嫁も扱いやすい方が良いと笑っていたぞ」

 赤毛姫は大きく手を叩くと、ニコリと笑った。


「湿っぽい話は、これで終わりだ。私は自由になり、借りていたコンパクトを返すことも出来た。それでだな」

 急にカタリーナは、ソワソワし始めた。普段触ったこともない髪を弄ったり、服の埃を払ったりしている。

「その、なんだ。オットーは元気か?」

「今、レオンと武術の稽古をしてますよぉ。呼んで来ましょうか」

「あ、いや、無理にとは言わないが」

「じゃあ、辞めときますかぁ?」

「あ、あ、せっかく寄ったんだから、顔くらいは見ておくかな」

「直ぐ呼んで来ますよ。待ってて下さいね」


「ちょっと待ってくれ! 私の格好は変ではないかな?」

 ユーキが立ち上がりかけると、赤毛姫に呼び止められる。横にいたエルマがニッコリと微笑んだ。

「カタリーナさん、相変わらず素敵ですよ」

 中庭の方から、『大変! こっちに来て』という、ユーキの声がする。しばらくすると複数の足跡が、赤毛姫に近づいて来た。

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