第2話 大好きな先輩が優しい♪
「う、浮気って……」
信一はうろたえた。しかも、佳奈は信一の腕をひしっとつかんでいる。まるで恋人のように。
「冗談ですよ。いえ、半分は本気ですが」
佳奈はくすくすと笑いながら言う。何が本気で何が冗談なのか信一にはわからなかった。
本当は、すぐに真帆乃を追いかけるつもりだったのだけれど、佳奈に腕を組まれたので、身動きできない。
無理やり振りほどくわけにもいかない。そうこうしているうちに、真帆乃の後ろ姿を完全に見失ってしまう。
佳奈に視線を戻すと、佳奈は信一の様子をじっと観察しているようだった。
「ねえ、先輩。さっきの人、本当にただのお知り合いですか?」
「そうだよ」
「ふうん。先輩はわたしに嘘をついたりなんて、しませんよね?」
「……うん。そうだね」
信一は冷や汗をかきながら、こくりとうなずく。
いつのまにか、信一は完全に嘘つきになってしまっている。いっそバラしてしまったほうが良かったのではないだろうか?
でも、真帆乃に、警察では二人の関係は内緒にすると約束した。なのに、その約束を一方的に破ることはできない。
真帆乃が自分から幼馴染で、警視庁の捜査一課管理官だと言ってくれれば話は違ったのかもしれない。
ただ、真帆乃は立ち去ってしまった。それに、正体をバラさずとも、真帆乃には「今日は私が原橋くんと一緒にいる約束なの」と宣言すれば、佳奈も引き下がっただろう。
けれど、実際には真帆乃はそうしなかった。それはどうしてだろう? そして、信一は真帆乃にそう言ってほしかったのだと気づき、自分でも驚いた。
ただ、ともかく、今、目の前にいるのは佳奈だ。
「ね、先輩♪ 今日はお時間ありますか?」
「えっと、それは……」
真帆乃とデート予定ということは隠してしまった。そして、真帆乃は帰ってしまっている。
それを除けば特段予定はない。
信一が予定はないと言うと、佳奈がぱっと顔を輝かせる。
「なら、一緒にお昼ごはん食べませんか? 友達との待ち合わせが午後だから、まだ時間あるんです」
「そうなんだ。いいよ」
少し考えて、信一は言った。
(ここから真帆乃を追いかけることはできないし、後でフォローしよう)
偶然会った職場の後輩とランチを一緒に取るぐらいは、問題ないだろう。
「ちょっとしたデートですね。あ、もちろん、来週のデートも楽しみにしてます」
佳奈が楽しそうに笑い、その天真爛漫な笑顔が可愛くて信一はどきりとする。
18歳の少女には、弾けるほどの若さがあった。
(……でも)
心のなかで、信一は真帆乃と佳奈を比べる。もちろん佳奈も美少女なのだけれど、18歳のときの真帆乃の方が可愛かった。それに、今の26歳の真帆乃は、もっと信一の好みで美しかった。
こんなふうに比較することは失礼だ。信一はそう思って、心の中の考えを打ち消した。
佳奈はそんな信一の内心を知るわけもなく、「先輩とご飯♪ えへへ」と喜んでいる。
「前から言ってみたかったお店があるんです。天丼の有名店なんですけど……」
佳奈がちらっと信一を上目遣いに見る。佳奈が考えていることがわかり、信一は苦笑する。
「もちろん奢るよ。先輩だからね」
「やった! やっぱり先輩は優しいですね」
佳奈がますますぎゅっと信一の右腕にしがみつき、密着する。スタイル抜群の真帆乃と違って、佳奈の胸は控えめで、でも、その小さな両胸の真ん中に信一の右腕が収まる形になる。
(さ、さすがにやりすぎでは……)
信一の心臓がどくんと跳ねる。佳奈は甘えるように、信一を見つめた。
「わたしは先輩にいっぱい優しくされていますから、いつかお返しできるように……ううん、お返しできるような関係になってみせます」
そう言って、佳奈は可憐であどけない笑みを浮かべた。
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