最終話(?) 一生、一緒にいてくれるのよね?


 ついに信一は決心して、真帆乃のルームシェアの提案を受け入れた。

 真帆乃は顔を真赤にしてうろたえていた。自分の言い出したことなのに。


「し、信一……本当にいいの?」


「その問いは、俺のものだよ。真帆乃は本当に俺なんかでいいの? 一緒に住んでいれば、その……恋人と間違えられるかもしれない」


「私は信一と同棲したかったの。信一以外に、私が一緒にいたい人間なんていないわ」


 真帆乃ははっきりとそう言った。

 そして、いたずらっぽく片目をつぶって笑った。


「信一こそ、後悔しても知らないんだから。私と一緒に暮らしてくれるっていったんだもの。離さないんだから……一生!」


「えっ、いや、一生!?」


「一生、一緒にいてくれないの?」


 真帆乃はしゅんと可愛らしく落ち込んだ様子を見せる。一生どころか、一年や二年先のことだって、今の時代はわからない。


 たとえ信一と真帆乃が望んでも、ずっと一緒にいられるとは限らないのだ。

 そうだとしても、信一自身がどう考えているのか、を真帆乃は知りたいのだろう。


 信一は真帆乃の耳元でささやく。


「真帆乃が望むかぎりは、真帆乃のそばにいるよ」


 真帆乃はぱっと顔を輝かせた。そして、信一の腕のなかで、ふふっと楽しそうに笑う。


「同棲の準備、しないとね」


「そうだね。二人で暮らすならいろいろルールも決めないと」


「お風呂を覗くのは禁止、とかね」


「覗いたりしないよ」


「えー、覗いてくれないの?」


 真帆乃が子供っぽい調子で、甘い声で言う。

 信一は肩をすくめた。やっぱりからかわれているのだ。


「二人で暮らす以上、真帆乃も気をつけてくれないと……その……」


「信一が私を襲っちゃう? 襲ってくれてもいいのに。毎日帰ってきたら、『お風呂にする、ご飯にする、それとも私?』って聞いてあげよっか」


 真帆乃はくすくす笑う。

 そんな真帆乃の頬を信一はそっと撫でる。


「信一……?」


「もし俺が本当に『真帆乃にする』って言ったら、どうするのさ?」


「そ、それは……」


 真帆乃は目を泳がせていたようだったけれど、やがて覚悟を決めたようだった。


「信一なら、何をされてもいい。ううん、私を選んでくれるなら、むしろ大歓迎よ」


「そっか。あのさ、『真帆乃が俺の言うことを何でも聞く権利』、あれはまだ有効?」


 最初に真帆乃の家に泊まったとき、二人はゲームで対決した。そのとき、勝ったほうが相手の言うことを何でも聞く約束の賭けをしていた。

 そして、信一が勝って、その権利は保留のままになっている。


 真帆乃はこくりとうなずいた。


「もちろんよ。私、約束は守るもの」


「じゃあ、今、使おうかな」


「わ、私……何されちゃうの?」


「あのとき、エッチな命令をしろって言ったのは、真帆乃だよ」


「そ、そうだけど……きゃっ」


 信一は真帆乃を抱き上げた。真帆乃のすらりとした脚、そして背中を信一の腕が支える。

 いわゆるお姫様抱っこの状態だ。


 真帆乃の身体はとても軽かった。


「こ、これ、お姫様抱っこよね……?」


「そう。そのとおり。一度やってみたくて、権利を使わせてもらったんだよ」


「ふ、ふうん……。こ、これ……意外と恥ずかしいのね」


「降ろそうか?」


「ううん。信一に大事にされている感じがして……幸せだから、このままでいい」


 真帆乃は本当に幸せそうに、柔らかい声で言う。

 腕の中の真帆乃はとても可憐で、魅力的で、そのすべてを信一は支配したくなる。


「真帆乃、さ」


「なに?」


「もう一つ、したいことがあるんだ」


「信一のしたいことなら、何でもしていいわ」


 真帆乃は小声で言い、そして、ふふっと笑う。

 信一はうなずいた。


 もう引き返せない。いや、とっくの昔に引き返せなくなっているけれど、信一は真帆乃を自分のものにする覚悟を決めたのだ。


 高校時代、一度は失ってしまった大事な幼馴染を、信一はふたたび手放すつもりはなかった。

 

 抱きかかえられたまま、真帆乃は信一に身を委ねている。その真帆乃の端整な顔に信一は自らの唇を近づける。

 

 真帆乃がうろたえた表情で「えっ」と声を上げ、耳まで顔を赤くする。


「目をつぶって、真帆乃」


「うん……」


 真帆乃がぎゅっと目をつぶる。ほぼ同時に信一は真帆乃の赤くみずみずしい唇に、キスをした。


 真帆乃は信一にされるがまま、それを受け入れていた。

 その時間はとても長く思えた。燃えるように熱く、そして自分が溶けてしまうように甘い感じがする。


 やがて信一は真帆乃の唇を解放した。真帆乃はぷしゅーと湯気が出そうな、恥じらった顔で、目をそらす。

 信一は不安になった。


「ご、ごめん。嫌だった?」


「い、嫌なわけない! 不意打ちでキスをしたのは私も同じだし、そ、その気持ちよかったし……。でも、どうして、信一は……私にキスをしたの?」


「俺は真帆乃のことが好きだからだよ」


 信一ははっきりとそう言った。

 ここまで積極的に真帆乃が信一を求めてくれているのに、告白まで真帆乃に任せるわけにはいかない。


 でも、真帆乃は驚いたように固まっていた。完全にフリーズ状態だ。


「ま、真帆乃……? おーい」


「……し、信一から告白してくれるなんて、思わなかった。その、すごく、嬉しい……」


「えっと、返事は急がなくてもいいから」


 真帆乃は首を横に振った。


「私が返事を保留にしたりすると思う? 私も、信一のことが大好きなんだもの」


「あ、ありがとう……」


「私、すごーく待たされたんだからね?」


 真帆乃がジト目で信一を睨む。


「え、えっと再会からはそんなに日が経っていないような……?」


「でも、再会してから、私が信一を大好きだってずっとアピールしてたのに。それに、私が信一を好きなのは、高校生の頃もからなんだから、10年、待ったんだよ?」


「ごめん」


「あ、えっと、もともと悪いのは私だけど……」


 梨香子の件で、二人の関係は途切れた。

 でも、今はもう、仲直りして、そして恋人になる。


「もうどちらが悪いとか、そういうことを考えるのはやめよう。大切なのは、今、この瞬間なんだから」


「そう……だよね。私は信一のとなりにいてもいいのよね?」


「同棲する彼氏彼女なんだから、当然だよ。いや、俺の大事な幼馴染だから、かな」


「そうね。私たち、幼馴染じゃなくて、恋人なんだものね。そうと決まったら次はもう、夫婦しかないわよね!」


「ま、真帆乃……!? き、気が早いよ」


「さっき言ったでしょ? 私、信一の奥さんにだったらなってもいいんだもの。それに……どんなことだってされてもいいし、今、夫婦になってもいいの」


 真帆乃は上目遣いに信一を見る。真帆乃の言葉の意味を、信一も理解する。

 

「ねえ、このまま、ごはんでもお風呂でもなくて、『私』にしておく?」


 真帆乃は熱のこもった、期待するような目で信一を見つめる。

 その言葉の魅力に信一も抗えなかった。


「本当にいいの?」


「このまま、私をお姫様としてベッドに連れて行ってくれるなら」


 真帆乃はいたずらっぽくウインクした。

 そして、信一は真帆乃を抱きかかえたまま、一歩、寝室の方へと踏み出した。


「きゃっ……」

 

 真帆乃が小さな悲鳴を上げる。


「あ、大丈夫?」


「う、ううん。大丈夫だけど、その信一の手が……私のお尻に当たってたから……」


「ご、ごめん」


「ううん、今からもっと恥ずかしいことをするんだもの。ね、優しくしてね……」


 そのままだったら、信一は真帆乃をベッドへと運び、そのまま押し倒していたと思う。

 この部屋は、信一と真帆乃の二人きりの空間で、真帆乃は信一のことを大好きな魅力的な幼馴染の女性で……。


 理性が抑えられるわけがなかった。

 玄関の扉が開いたのは、そのときだった。


 信一も真帆乃もびっくりして、この二人きりの空間と世間をつなぐ扉を見つめる。

 扉が開き、その外には一人の若い女性が立っていた。


 20になるかならないかというぐらいだけれど、すらりとした長身の女性でスタイル抜群。女子大生なのか、パンツスタイルのラフだけれど、かっこいい姿だ。


 ショートカットの髪型とベースボールキャップもあいまって、ボーイッシュな雰囲気だけれど、かなりの美人で……そして、そのきれいな顔立ちは、真帆乃にそっくりだった。


「り、梨香子!?」


「えっ、梨香子ちゃん!?」


 信一と真帆乃は素っ頓狂な声を上げる。真帆乃の妹・梨香子は肩をすくめ、「ふーん」とジト目で二人を睨んでいた。

 そして、おもむろに帽子を外す。


「信一お兄ちゃんと姉さんが、家でイチャついているだなんて、やっぱり来てよかったな」


 信一と真帆乃は互いの顔を見て、それから慌ててお姫様抱っこ状態を解消した。

 真帆乃を降ろすと、二人は並んで立つ。


 手にまだ真帆乃の体温が残っていて、信一はドキドキが抑えられなかった。

 けれど、今は梨香子だ。


 成長した梨香子は、すっかり美人の大人の女性になっていたけれど、たしかに小学生の頃の面影を残している。


「そ、その……えっと、秋永梨香子さんだよね?」


 信一は梨香子をどう呼べばいいかわからなかった。さっきはとっさに「ちゃん」付けで呼んでしまったけれど、さすがにそれは馴れ馴れしい。


 けれど、梨香子はにやりと笑う。


「昔みたいに『梨香子ちゃん』でいいんだよ。信一お兄ちゃん♪」


 楽しそうな梨香子に対し、なぜか真帆乃は焦っている。


「り、梨香子! 来るなら連絡してよ!」


「姉さんこそ抜け駆けしようとしたくせに」


 抜け駆け……? なんの事だろう?

 と信一が思っていると、梨香子は靴を脱いで部屋に上がり、信一のすぐ目の前に来た。


 女性特有の甘い香りがする。梨香子の端整な顔がすぐ目の前にあった。じーっと見つめられて、信一はどきりとする。

 梨香子は上目遣いに甘えるように信一を見る。


「会えて本当に嬉しい……信一お兄ちゃん」


「元気そうで良かったよ、その……」


「あたしは全然平気だったよ。事件のこともお兄ちゃんは気にしなくていいの」


「でも……」


「あたしが気にしているのは、一つだけ。ずーっと信一お兄ちゃんに会えなかったことだけが、あたしの心残りだった。信一お兄ちゃんと姉さんが喧嘩したから、もう二度と会えないと思ってたけど……こうしてまた会えた。これって運命だよね?」


 梨香子は目をきらきら輝かせながら言う。


「再会できたのは嬉しいけど、運命……というほど、俺は梨香子ちゃんにとって大事な存在じゃないような……」


「大事な存在だよ。だって、信一お兄ちゃんはあたしの初恋の人なんだもん」


 信一は驚きのあまり固まる。真帆乃は天を仰いで、「あーあ。だから、信一と梨香子を会わせたくなかったのに……」とつぶやいていた。


 そして、梨香子は満面の笑みを浮かべる。


「あたしもこの家に住むから、覚悟しておいてね、お兄ちゃん、それに姉さん」


「ちょ、ちょっと! 別の人とルームシェアするつもりじゃなかったの?」


「私が信一お兄ちゃんとルームシェアするつもりだったの」


 梨香子は衝撃的な言葉を紡ぐ。梨香子は佳奈や信一の両親を通して、信一の居場所をつかんでいたらしい。

 それで、信一のルームシェアの相手がいなくなったと聞いて、信一にルームシェアの話を持ちかけるつもりだったのだという。


 だけど、信一と真帆乃が再会してしまったせいで、計画が変わったらしい。


「きっと信一お兄ちゃんは姉さんと同居するだろうし、あたしが提案してもうなずいてくれなさそうだから……私もここに混ぜてもらおうと思ったんだ」


 梨香子がいたずらっぽく目を輝かせる。その表情は、姉の真帆乃そっくりだった。


 真帆乃は愕然としていたが、やがて自信を取り戻したようだった。

 そして、真帆乃はえへんと胸を張る。


「残念でした、梨香子。今日から私は信一の恋人になったの」


 真帆乃としては決定打を放ったつもりだったのだろう。ここで信一だけ黙っているのも格好が悪いし、真帆乃にも悪い。


「そう。俺は真帆乃のことが好きなんだよ。だから……」


 梨香子は一瞬悔しそうな表情を浮かべたけれど、すぐに平然とした様子に戻る。


「ふうん。それで?」


「つ、つまり……信一は私のものなの!」


「なら、あたしは、信一お兄ちゃんに好きになってもらえるように頑張るだけだから。きっと勝ってみせる」


 真帆乃と梨香子はばちばちと視線で火花を散らす。

 あ、あの―、と信一が口を挟もうとすると、真帆乃がぎゅっと信一の腕をつかみ、強引にキスをした。


 そのキスは情熱的で、信一の所有権を主張するかのように、真帆乃は信一を離さなかった。やがて、真帆乃はキスを終える。


 さすがに、今度は梨香子もショックなようで「姉さんばかりずるい……!」と言う。

 真帆乃はとても明るい幸せそうな笑みを浮かべた。


 そして、信一に問いかける。


「信一は一生、私のそばにいてくれるって約束してくれたもの。だから……私と結婚してくれるんだよね、信一?」


 真帆乃は、信一を宝石のような瞳でまっすぐに見つめ、そう言った。


(け、結婚するとは言ってない……!)


 けれど、真帆乃が望む限りずっとそばにいるとは言ってしまった。あれはプロポーズみたいなものだったかもしれない。

 

 真帆乃は胸に手を当て、とろけきった表情で「えへへ」と笑う。


「今はこのマンションでいいけど、二人で暮らす家も改めて探さないとね。ううん、二人だけじゃないかも」


「え?」


「ね、子どもは何人がいいかしら? 三人、四人? 男の子もいいけど、可愛い娘がいるのも憧れなの。信一の子どもだったら、きっとカッコいいし、可愛いと思うの!」


「そ、それは……き、気が早いよ」


「そうかしら? あ、でも、しばらくは二人きりがいいかも。信一に甘えられなくなっちゃうし。毎日、家に帰ってきたら、私が信一に甘えて、私も信一を甘やかして……。膝枕も、ハグもおかえりのキスも、そ、その……夜一緒に寝るのも、いつでもできるようになるんだもの。ね?」


 真帆乃は砂糖のように甘い表情で、そんなことをささやく。梨香子は呆れたような、羨ましそうな表情で、真帆乃の様子を見ていた。


 家の外では清楚完璧な美人エリートなのに、信一の前の真帆乃は、甘々でデレデレでポンコツになってしまうようだった。

 そうさせたのは、信一なのだ。


 そのことが信一には嬉しく思える。


「もちろん、真帆乃の望みは、いつでもどこでも叶えるよ」


「それなら、今、よね? さっきの続き、ベッドでしよ?」


 真帆乃が信一を誘惑するように、胸を押し当て信一にしなだれかかる。真帆乃の「女」を強く意識させられて信一は動揺した。


(さっきの続き……って……)


 もちろん、真帆乃も信一も想像していることは同じだ。

 梨香子にも雰囲気で伝わったらしい。


 梨香子が顔を真っ赤にして、信一と真帆乃を指差す。


「信一お兄ちゃんも姉さんも……そ、そんなハレンチなのはダメだから!」


「あら、梨香子ったらお子様ね」


 真帆乃がからかうように言い、梨香子は憮然とした表情を浮かべる。


「そういう姉さんだって、処女のくせに!」


「なっ! わ、私はこれから信一と大人になるの!」


「信一お兄ちゃんに大人にしてもらうのは、あたしなの!」


 真帆乃と梨香子がまた言い争いをはじめ、信一は天を仰いだ。

 もちろん、信一は真帆乃のことが好きで、真帆乃を選んだ。


 でも、梨香子は簡単には引き下がらなさそうで、この家に住むと言い張るだろう。

 あと、佳奈のこともある。デートの約束はまだ有効なのだ。


 前途多難だな、と思う。それはもちろん警察での仕事も同じだ。

 これからも、困難は何度でも訪れると思う。


 でも、真帆乃と一緒なら、乗り切れるはずだ。

 信一が真帆乃を見つめると、真帆乃は梨香子との会話を止めて、信一の方をちらりと見た。


 そして、彼女は幸せそうに、ふふっと笑った。








<本当のあとがき>


信一と真帆乃の物語は一区切りということで、これにてひとまず完結です……! 迷ったのですが、最初に書きたかったことは書けたため、忙しくて更新できなくなるよりは一度完結させようと思いました。


ハイスペックな幼馴染が大人になっても自分の前で甘えてくる……というギャップ萌えシチュエーションへの憧れから書き始めた本作ですが、皆様の応援のおかげで10万字超えて最後まで書くことができました。応援コメントも本当にありがとうございました。


といっても、まだまだ第二部を書けるぐらいネタはいろいろあります。続きを書く可能性もかなりあるので、

気にしておいていただければ嬉しいです!


作者の他のラブコメもよろしくです!












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