第6話 初デート

「まあ、私に命令できる権利はとりあえず置いておくとして、信一、どこか出かけない?」


「へ?」


「買い物とか付き合ってよ。昔みたいに」


 真帆乃が人差し指を立てて、楽しそうな笑みを浮かべて言う。

 たしかに高校生のころは、真帆乃と一緒に信一はよく買い物に行った。妹の梨香子が一緒のこともあった。


「いいけど……」


「私とデートできるんだから、もっと嬉しそうな顔してよ」


「で、デート!?」


「こ、言葉の綾だから本気にしないで」


 真帆乃が慌てて付け足す。顔がほんのりと赤い。

 たしかに休日に若い男女ふたりで行動すれば、デートといえるかもしれない。


 ただ、どちらかが恋愛感情を持っていなければ、デートとも呼べないような気もする。 


「行ってくれない?」


 寝巻き姿の真帆乃に上目遣いに見つめられ、信一はどきどきした。

 美人の幼馴染にそんなふうにお願いされて、断れる男がいるだろうか。


「もちろん行くよ」


「やった! 信一とのデート楽しみ!」


「やっぱりデートなの?」


「言葉の綾だから」


 真帆乃はいたずらっぽく笑う。


(本当はどう思っているのかな……)


 信一は気になった。

 それに、真帆乃にからかわれてばかりで、たまには反撃したくなる。


「じゃあ、高校のときに一緒に買い物に行ったときも、デートだと思っていたの?」


 信一はからかうように聞いてみる。真帆乃が恥ずかしがって言葉に詰まるのを信一は期待していた。

 ところが、真帆乃は小首をかしげる。


「デートじゃないと思っていたの?」


「え?」


「私はデートのつもりだったと言ったら、どうする?」


「そうだったの?」


「信一の想像に任せるけどね」


 信一は、真帆乃と一緒にいたのは、あくまでも幼馴染だからだと思っていた。そうでなければ、真帆乃は自分なんかと一緒にいてくれるとは思えなかった。


 でも、高校生の頃、信一はたしかに真帆乃のことが好きだったし、梨香子の事件さえなければ卒業前に告白するつもりだった。それを受け入れてもらえたかどうかは、また別問題だけれど。


 そういう意味では、あの頃の「お出かけ」も、信一にとってもデートだったのかもしれない。


 でも、真帆乃は、信一はデートと思っていなかったと考えたらしい。

 ちょっと頬を膨らませている。


「信一がデートだと思っていなかったら、今日が私たちの初デートってわけね」


「は、初デート!?」


「深い意味はないから。でも覚悟しておいてね」

 

 真帆乃は信一をびしっと指差すと、おかしそうにくすくす笑い、きれいな黒い髪がふわりと揺れた。

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