第7話 素直な二人

「じゃあ、私は着替えるから。張り切ってお洒落しちゃうんだから」


「べ、別にそんな気合い入れ無くてもいいのに」


 信一がそう言うと、真帆乃は信一をジト目で見た。


「ダメ。せっかくのデートなんだもの」


「言葉の綾じゃなかったの?」


「言葉の綾でも、デートはデート。それに、信一は大人になった私のスーツしか見ていないし」


「パジャマ姿も見たけどね」


 真帆乃は朝起きたときから、ピンク色の寝巻き姿だった。可愛らしい感じのシャツパジャマだ。

 シンプルなデザインだから、スタイル抜群な真帆乃の身体のラインがはっきりとわかって、ドキドキさせられる。

 

 真帆乃はちょっと頬を赤らめた。


「そ、そうね……」


「今の俺の言葉に、照れる要素あった?」


「だって、男の人にパジャマを着ているところを見られるなんて、恥ずかしいじゃない」


「俺を男だと思っているんだ?」


「茶化さないでよ……」


「それに、化粧をばっちりする時間があったなら、着替える時間もあったんじゃない?」


 信一はあえて聞いてみる。真帆乃にばかり主導権を取られて、からかわれているのも良くない気がする。

 真帆乃はますます顔を赤くして、慌てふためいた。


「そ、それは、その……幼馴染には綺麗な自分を見ていてほしいじゃない?」


「そ、そういうもの?」


「そうそう」


「なら、寝間着姿なのは……?」


「し、信一の意地悪。わざとに決まっているでしょう!」


「へ?」


「パジャマの方が一緒に暮らしているって感じがするし」


「ま、まだルームシェアしているわけじゃないけどね」


「これからしてもらうの。そのためにわざとパジャマだったの! し、信一がちょっとはドキドキしてくれるかなって思ったし……」


 真帆乃は上目遣いに信一を見た。その表情が不安そうで、ちょっとからかいすぎたかなと信一は後悔する。


 真帆乃を安心させて、喜ばせるようなことを言えればいいのだけれど。

 でも、結局、不器用な信一にできたのは、本心を話すことだけだった。


「実際、ドキドキしているよ」


「し、信一が私に……?」


「美人の幼馴染のパジャマ姿なんて見たら、意識しないわけないさ」


「ふうん」


 真帆乃は恥ずかしそうに目を泳がせながらも、嬉しそうに頬を緩めた。


「昔もこのぐらい、信一が素直なら良かったんだけど」


「大人になったからね」


「じゃあ、これからは素直になってくれる?」


「そうするのが真帆乃の望みなら、素直になるよ。大人だからね」


「へえ。なら、私とルームシェアしたい?  同居すれば、毎日でも私のパジャマが見放題だけど」


 真帆乃に直球で尋ねられる。

 信一はそのストレートな言葉に、肩をすくめた。


「大人は、したいことだけしていればいいわけじゃないからね」


「それは、つまりわたしと同棲したいってことでしょう?」


「同棲、じゃなくてルームシェア、ね」


「違わないでしょう?」


「まあ、そうだけど」


「信一、やっぱり素直じゃないよね」


 真帆乃は言いながらくすくす笑う。


「今日のデートで、信一に同棲してもらえるように頑張るんだから」


「いや、だからルームシェア……」


「あ、着替えを覗いちゃダメだから」


「覗かないよ! というか、俺も一度、家に帰ろうかな」


「どうして?」


「俺もちゃんとした格好をしないといけないかなと思って、着替えてくる」


「そんなの、気にしなくていいのに」


「そうしないと真帆乃に失礼だよ」


 真帆乃がデート(?)に気合を入れて服を選ぶなら、信一だってそれにふさわしい格好をしないといけない。

 信一は真帆乃にふさわしかったことなんて、高校のときから一度もないが、せめてできることはするべきだ。


 真帆乃は……信一のことを大事に思ってくれているようなのだから。


 信一の言葉に、真帆乃は「じゃあ、後で合流ね」とふふっと笑う


「私の私服姿、楽しみ?」


「楽しみだよ。見とれてしまうかも」


 信一が笑いながら言うと、真帆乃は照れて緊張したのか、胸のあたりに手を置いた。


「そう言われると、ハードルが上がっちゃった」


「素直に思ったことを言ったんだけどな」


「そうするように、私が頼んだものね。まだ……出かける前なのに、私、もう胸がドキドキしてる」

 

 真帆乃は胸に手を置いたまま、真っ赤な頬でそんなことを言う。

 信一は「俺も同じだ」と言いかけて、そこまで素直になる必要もないか、と思う。


 真帆乃は信一を見上げ、そして幸せそうな笑みを浮かべた。


「大人な信一のかっこいい姿も、楽しみにしているから」

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