第8話 浅草デート!

 ハードルを上げられたのは信一も同じで、真帆乃の前にうかつな格好では出られなくなった。


 一度、寮に帰ったら、廊下でたまたま会った後輩の警官に「彼女のところにでもいたんですか?」とからかわれた。たしか志藤という名前の新人だ。休日だからラフな格好をしていて、警察官らしく髪はかなり短く切っている。


 警察学校の寮と違って、勤務開始後の独身寮では門限があるわけでなし、外泊禁止というわけでもないのだが、とはいえ、同じ住人の行動は互いに気になるものだ。


 信一は肩をすくめ、「彼女なんていないよ」と彼に答える。けれど、その後輩の志藤は「原橋巡査部長は、梓佳奈と親しいんでしょう?」と言われた。


「梓さん? そりゃ、同じ署の同じ係にいるけどね」


「梓、めちゃくちゃ可愛いですよね。俺も狙っているんですが、『好きな人がいる』ってガードが固くて……」


「へえ……」


 志藤が佳奈の名字を呼び捨てにするのを聞いて、信一はちょっと微妙な気分になった。そういえば、二人は同期なのか。

 それにしても、佳奈の好きな人とは誰だろう……?

 

 志藤はじっと信一を見る。


「その好きな人って原橋巡査部長なんじゃないですか? さっきまで二人で外泊を……」


「してない、してない」


 女性の家で外泊していたのは事実だが、相手が秋永真帆乃警視とは想像もできないだろう。

 ちなみに、女性警察官のための寮は少ないので、基本的に新人でも寮には入らない。佳奈は実家で母親と二人で暮らしていると聞く。


「ともかく、俺は用事があるから」


「デートですか?」


 それはそのとおりだった。これから真帆乃とのデートなのだから。

 信一は微笑んだ。


「そうだね。相手は梓さんじゃないけれど」


 信一が微笑むと、志藤は羨ましそうな表情を浮かべた。

 そんな彼を横目に信一は自室へ戻り、さくっと着替えた。

 

 黒い私服のジャケットを手に取り、ほかもなるべくそれっぽい服装を選ぶ。

 

(こ、これで一応、格好はついている……はず?)


 信一はいまいち自信が持てなかったが、仕方ない。

 約束に送れないようにしないと。





 待ち合わせは、寮や真帆乃の家からそれほど遠くない浅草だった。浅草でデート、というのは真帆乃の提案だった。


(というか、すっかり本格的なデートになってしまっている……)


 真帆乃も最初は「言葉の綾」なんてごまかしていたのに、ノリノリだった。

 もっとも、真帆乃が信一と一緒にいるのを楽しみにしてくれるのは、信一にとってもすごく嬉しいことなのだけれど。


 浅草の雷門前に午前11時集合。信一は20分前に来てしまった。

 さすがに早すぎたかなと思ったけれど、真帆乃はもうそこにいた。


 信一の姿を見つけた真帆乃が、ぱっと顔を輝かせる。


「信一!」


 真帆乃がこちらに駆け寄ってきて、そして嬉しそうに信一を上目遣い見た。

 信一は息を飲んだ。あまりにも真帆乃が……美しく、可愛かったからだ。


 捜査一課の管理官として働いているときは、真帆乃はびしっと決めたパンツスーツを着こなしていた。


 それはそれでカッコよかったし、大人のキャリアウーマンという感じで魅力的ではあった。けれど……。


 今の真帆乃はフェミニンな白いワンピースを着ていて、その上にお洒落なカーディガンを羽織っている。

 まるでテレビに映っている美人女優とか人気アイドルがそのまま街に現れたみたいだ。顔もアイドル以上に整っているし、スタイルも抜群だし、本当に芸能人だと言っても通ると思う。


 周りの人間たちも、真帆乃を驚いて見つめている。女性は羨望の眼差しで、男性は憧れの視線で真帆乃をじっと見ていた。


 真帆乃がふふっと笑う。


「信一ってば、本当に私に見とれてた?」


「今の真帆乃を見て、見とれない男なんていないと思うね」


「ふうん。それって私を美人だって思っているってこと?」


「誰に聞いても、真帆乃は美人だと答えると思うよ」


「そうじゃなくて、信一はどう思っているの?」


 信一は目を泳がせ、そして、小声で言う。


「美人だし、可愛いし、服は似合っているし……俺も見とれていたよ」


「そ、そっか」


 真帆乃は顔を赤くしていて、たぶん信一の頬も赤くなっている。

 これでは、まるで中高生のカップルだ。二人して恥ずかしくなって互いの顔も見られない。


 真帆乃は信一をもじもじしながら、えへへと笑う。


「信一にそう言ってもらえて、本当に嬉しい」

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