第9話 部屋へのお誘い

 真帆乃の部屋への誘いは、どう考えればいいのだろう? 

 真帆乃は信一の服の袖を引っ張った。そして、顔を赤くしたまま、ふたたび信一を見上げる。


「か、勘違いしないで。その……信一を男として見ているとかじゃなくて……。信一なら私になにかしたりなんてしないと思うし……」


「男は何するかわからないよ。しかも俺たちはもう26歳だ」


「わかってる。18歳のあの頃には、もう戻れない。でも、信一なら、今でもわたしを守ってくれる気がして……」


「真帆乃は強いんだから、俺なんかが守らなくても平気だよ」


 実際、真帆乃の方があらゆる面で、信一よりもスペックが高い。美人で優秀で、性格も良くて社会的地位もある。


 平凡な信一が、真帆乃にできることなんて、何もない。18歳の高校生だったときとは違うのだ。

 けれど、真帆乃は首を横に振る。


「今日はそうではなかったわ」


 たしかにさっき男に襲われたとき、信一は真帆乃を助けた。でも、それは偶然だ。

 信一は肩をすくめる。


「そういうのは、彼氏に守ってもらいなよ」


「彼氏なんて、いない。だって、私は……」


 小声で真帆乃が言う。信一はちょっと驚いた。


「てっきり、真帆乃なら彼氏の十人や二十人ぐらいいると思ってた」


 真帆乃がジト目になる。


「なにそれ? 私、そんなに軽い女じゃない!」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


「なら、どういう意味?」


「いや、その……真帆乃は美人で可愛くて、頭も良くて何でもできるから、好きになる男も多いだろうなって思ったってこと」


「ふ、ふうん。お世辞を言っても、ごまかされないんだからね?」


 真帆乃がもじもじとしながら、視線をさまよわせる。

 さっきから反応が子供っぽくて、ちょっと可愛い。


 信一は微笑んだ。


「お世辞じゃないよ。本心から言ってる」


「そ、そうなんだ……そういう信一は彼女とかいないの?」


 信一は肩をすくめた。


「いないよ。見ての通り、冴えない独身・恋人なしの身でして」


 冗談めかして、信一が言うと、真帆乃がほっとしたように息を吐いた。白い息が湯気になる。

 

「良かった……」


「え?」


「な、なんでもない! それなら、ちょっとぐらい家に寄っていっても平気でしょう? 彼女がいるなら、彼女さんに悪いかなと思ったけど」


「彼女がいなくても、平気じゃない気がするけど……」


「ただの幼馴染が旧交を温めるだけだから。いいから、いいから!」


 真帆乃は強引に信一の腕をつかむ。その女性らしい小さな手が、ひんやりと心地よい。

 上機嫌な真帆乃を、信一は止めることができなかった。


(昔から、真帆乃はちょっと強引だったっけ……)


 真帆乃は優等生で、周囲の誰にでも優しく振る舞っていた。ただ、幼馴染の信一には違った。

 遠慮せず、甘えるように、真帆乃は信一を振り回した。


 懐かしいな、と思う。あの頃、告白していたら、真帆乃は受け入れてくれただろうか?

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