第8話 信一なら、いいの……

 真帆乃の家を聞くと、独身寮のすぐ近くでちょっと驚く。

 真帆乃はおかしそうにくすくす笑った。


「こんなに近くにいたのに、気づかなかったのね」


「まあ、東京はどこの町も広いから」


「住んでいる場所だけじゃなくて、同じ組織で働いていたのも、そう。高校を卒業したとき、わたしのせいで信一とは縁が切れちゃったって思ってた。でも、こうしてまた会えるなんて、運命的よね」


 真帆乃は弾んだ声で言ってから、はっと口を押さえる。


「ふ、深い意味はないからね……?」


「わかってるよ。俺たちは幼馴染だからね」


「そう。ずっとただの幼馴染だったものね」


 真帆乃は夜空を見上げた。信一も釣られて、冬の東京の空に、星を見つけようとしたが、曇り空には月以外に輝くものを見つけることはできなかった。


 やがて、真帆乃の家の前に到着する。

 雰囲気の良い五階建てのマンションだが、思ったより庶民的だ。


 信一の内心に気づいたのか、真帆乃は肩をすくめる。


「官僚だからって、別にものすごく良い給料をもらっているわけじゃないわ。実家からお金はもらっていないし」


「それもそうか。まあ、ともかく、真帆乃が無事で良かったよ」


 真帆乃が固まり、そして、頬を赤くしてじっと信一を見つめる。なにか変なことを言っただろうか、と信一は考えた。


 そして気付く。真帆乃を下の名前で呼んでしまった。

 

(変だったかな。こないだは26にもなって下の名前で呼んだりしないって自分で言ったし。でも、真帆乃も俺のことを名前で呼んでいるしな……)


 心配になったけど、心配は不要だった。

 真帆乃がはにかんだような笑みを浮かべたから。


「名前で呼んでくれて……嬉しい」


 少女のように照れる真帆乃を、信一は可愛いと思ってしまった。

 甘えるように、真帆乃は信一の手を取った。


「ね? ちょっと家に寄っていく?」


「そ、それはまずいんじゃない?」


「平気平気。相手が信一だもの」


「それ、俺を男として見ていないってことだよね?」


「男として見てほしいの?」


「そういうわけじゃないけど……」


「逆に、信一は私を女として見ている?」


 そう問われ、信一は言葉に詰まった。相手は、昔は好きだった幼馴染だ。


 18歳のころから、真帆乃はアイドルのように美少女だったけれど、今はもっと美しくなっていた。

 見た目も仕草も、完全に大人の女性で、ほとんどの男がその魅力に抗えないだろう。


 真帆乃はさらに顔を赤くして、耳まで真っ赤になった。


「信一はわたしを女として見ているんだ……?」


「そうだね。だから、俺を家に上げない方がいいよ」


「別にいいもの」


「え?」


「信一なら、いい……」


 真帆乃はそう言うと、目を伏せた。


 その反応に、信一は戸惑う。真帆乃は恥じらう乙女のようだった。

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