第3話 事件の顛末と佳奈の告白(?)
別場所で検問を行いながら、信一は無線を聞いていたが、依然として容疑者たちの行方の手がかりはないようだった。
信一たちも通行する車両を止めて、確認を繰り返したものの特に不審な車両はなかった。
(もし真帆乃に何かあったら……)
せっかく真帆乃とふたたび出会えて、以前と同じような親しい関係になれたのに。
伝えたいことも、言いたいことも、まだたくさんあった。
もし真帆乃が無事に戻ってきたら、ルームシェアの提案でも、他にも何でも真帆乃のお願いを聞いてあげよう。
(だから無事に戻ってきてよ、真帆乃)
信一がそう願いながら、一台の車両を止めた。
それは赤い大型のワゴン車だった。
運転席の窓に信一は回る。20代前半ぐらいの若い男が運転席にはいた。黒のパーカーを羽織っていて、無精髭が目立つ。
「すみません。少しご協力を……」
「ああ、いいですよ。なんだか大事件が起きたらしいですね」
男は気楽な様子で言う。これまでどおり何事もなく終わるかと思ったが、そのとき、信一は後部座席に同じぐらいの若い男と、その横に若い女性が座っているのに気づいた。
男の方は知らない相手だったが、問題は女性の方だった。
スーツ姿のすらりとした女性だが、うつむき加減で怯えているように見える。その美しい女性は……信一のよく知っている幼馴染だった。
「ま、真帆乃?」
「信一……!?」
真帆乃が声を上げ、信一を見つめる。そして、はっとした表情で「ダメ! 信一……!」と叫ぶ。
次の瞬間、後部座席の男がドアを開き、飛び出した。その手には、銀色に輝くナイフが握られていた。
とっさに信一は男をつかんで投げ飛ばす。だが、もう一人、運転席の男もいる。彼も刃物を持っていて、それを振りかざした。
もみ合いになり、そして、信一の腹部に焼き付くような痛みが走った。刺されたのだ。
すぐに男はナイフを抜き、逃げ出そうとするが、信一はナイフをなんとか取り上げた。男を地面に抑え込む。
投げ飛ばされたもう一人の男は、真帆乃が確保していた。駆けつけた係長も、やってきて男を抑えるのを助けてくれる。
なんとか制圧できた。
ほっとすると同時に、信一の視界がゆがみ、その場に倒れる。手を開くと、おびただしい血が自分の手についていた。
(ああ、そうか。これは俺の血か……)
薄れゆく意識のなかで、真帆乃が「信一! ねえ、信一!」と必死で呼びかけるが、その声もだんだん遠のいていく。
やがて信一の視界は完全に暗転した。
☆
次に目が覚めたのは、病院のベッドの上だった。無機質な病室の天井が目に入る。
看護師の若い女性が、「あら、お目覚めですね。」とふふっと笑う。
「俺はいったい……?」
「現金輸送車襲撃犯の男を確保した刑事さんでしょう?」
信一は刺されて意識を失って、病院に搬送されたらしい。出血量こそ多かったが、幸い内蔵のような急所は外れていた。
手術こそしたが、命に別状はなかったらしい。
時間の経過も半日程度のようだ。
ベッドのとなりの椅子に、一人の若い女性……スーツ姿の少女が座っている。佳奈だった。
信一を見ると、佳奈はそっと手を握り、そして涙ぐんでいた。
「先輩……無事で良かったです」
「ごめん。心配かけたみたいで」
「無事に戻ってくるって言ったのに、先輩が刺されて重傷だって聞いたときは……」
その後の言葉は、涙声になってしまって聞こえなかった。信一は佳奈のきれいな髪をそっと撫でる。
佳奈が指で涙を拭うと、嬉しそうに微笑む。
職場からは佳奈が派遣されて、信一のそばについてくれていたようだ。
ばたばたと医師がやってきて診察をして、その後に事務手続きやらをする。真帆乃のことを尋ねると、彼女も念のため病院に搬送されたが、特に危害を加えられたということもなく、無事だったらしい。
そのあいだも佳奈は付き添ってくれていた。
しばらくは安静にして入院ということだった。両親や妹たち家族も東京に向かっていると連絡があった。
捜査員からの事情聴取は体調に配慮して明日以降になる。いずれにしても、係長が対応してくれているので安心だ。
ベッドに戻ると、佳奈も椅子にふたたび腰掛ける。
「できれば、このまま先輩のそばにいたいんですけど……」
面会時間には制限があるし、看病も看護師がしてくれる。
信一は微笑んだ。
「明日の仕事もあるだろうし、早めに帰っていいよ」
「はい……」
佳奈はそう言いながらも、面会時間ぎりぎりまで粘って信一のそばにいた。いつもはハイテンションによくしゃべる佳奈だけれど、信一の邪魔にならないようにか、黙って文庫本を読んでいる。
佳奈は静かにしていると、落ち着いた文学少女のようにも見える。
その可憐さに見とれていると、佳奈が信一の方を向き、くすりと笑った。
「もしかして、わたしに見とれていました?」
「……まあね」
否定できず、信一はうなずいた。普通だったら、セクハラだと思われるかもしれないが、佳奈はぱっと顔を輝かせる。
「わたし、可愛いですものね」
「そうだね」
「先輩にも可愛いと思っていただいているなら、嬉しいです。あの……先輩」
佳奈が急に真面目な表情になる。その真摯な瞳が、まっすぐに信一を射抜いていた。
「先輩が刺されたって聞いたとき、わたし、すごく怖かったんです。もう二度と先輩に会えない、先輩に大事なことを伝えられないんじゃないかと思って」
その気持ちは信一もよくわかった。真帆乃が誘拐されたと聞いたとき、信一ももう二度と真帆乃に会えないのではないかと恐れた。
佳奈もきっと同じように思ったのだろう。
「だから、ですね。大事なことは、今、この瞬間にでも言わないといけないと思ったんです」
「それって……」
佳奈は頬を赤らめて、とても恥ずかしそうに信一を上目遣いに見ていた。
そして、意を決したように、口を開く。
「わたし、先輩のことを――」
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