第17話 普通の朝
その日、信一は昔の夢を見た。
信一と真帆乃が同じ高校に入学した日のことだ。
高校の門の前。桜並木の道を二人は歩いていた。
紺色のブレザーの制服を着た真帆乃がくるりとこちらを振り向く。そして、後ろ手を組んで、信一を見つめる。
「ねえねえ……」
真帆乃が何かを期待するように少し顔を赤くした。
信一は真帆乃が何を聞きたいのか、わかった。
「高校の制服、似合っているよ」
ぱっと真帆乃が顔を輝かせる。
「それって、可愛いってこと?」
「まあ、うん。そうかも」
「あっ、信一。照れてるね?」
「照れてない」
「そういう信一も、かっこいいよ?」
真帆乃が微笑んだ。
「それは、ありがとう」
信一は自分の頬が熱くなるのを感じた。その頃の信一は、真帆乃に対する好意をうっすらと自覚していた。
信一にとって、真帆乃はただの幼馴染ではなかった。
でも、その次の一歩が信一は踏み出せなかった。それは信一に勇気と自信がなかったからだ。
視界が暗転し、大雨の中、信一は立ち尽くしていた。
真帆乃そっくりの幼い少女が目の前にいる。ふわふわとした女の子らしいワンピースを着ていて、でも、その服は破れてボロボロだった。
彼女は冷たい目で信一を睨んでいる。
「どうして、あたしのことを助けてくれたなかったの? 信一お兄ちゃん?」
「梨香子……」
真帆乃の妹の梨香子。信一が助けられなかった存在。
あの事件が、信一と真帆乃、梨香子を引き裂いた。
信一は梨香子に声をかけようとし……。
そこで目が冷めた。
柔らかい布団と毛布。窓から差す日光。
時計は七時半を示している。平和で普通な休日の朝だ。
ただし、場所が、幼馴染の女性の家なのは普通ではない。
幸い、夜勤用の余った着替えをたまたま持っていたから、着替えには困らなかった。なので、シャワーと布団を借りたというわけだけれど。
起き上がると、良い匂いがする。もしかして朝食だろうか……?
信一が起き上がり、リビングへ行くと、その奥の台所に真帆乃が背を向けて立っていた。
ピンク色の寝間着の上に、紺色のエプロンをしている。やっぱり、朝ごはんの用意をしているらしい。
信一に気づいて、真帆乃はくるりとこちらを振り向く。
そして、くすっと笑う。
「おはよ、信一」
「ああ、おはよう」
「疲れてたみたいだけど、もう少し寝ていなくて良かった?」
「家主が起きているのに、俺だけ寝過ごすわけにもいかないよ」
「そう? まあ、実はそろそろ起きてもらおうかと思ってたんだけどね」
真帆乃はこちらにやってくると、カップを置いて紅茶を注いでくれた。
わざわざ用意してくれたらしい。
「あ、ありがとう……」
「朝ごはんも用意しているから楽しみにしてて」
「そんなことまでしてもらうのは悪いよ」
「いいのいいの。私が好きでやっているだけだし、それに、無理を言ってこの家に引き止めたのは、私だから」
「朝食なら、何か手伝おうか……?」
「大丈夫。そんなに手間のかかることをしているわけじゃないし。信一はのんびりしてて。本棚の本とかテレビとか好きに使っていいから」
くすっと真帆乃は笑うと、台所へ戻って行った。
好きにしていい、と言われても、他人の家だから勝手がわからない。しかも女性の家だ。遠慮してしまう。
もっとも、それを真帆乃に言うと、「他人じゃなくて幼馴染でしょ?」と言われてしまいそうだが。
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