第8話 二人の主導権争い

「俺が水着を選ぶなんて……そんな……」


「ダメ?」


「ダメではないけど、俺にそんな大役を果たせるかな?」


 信一はちょっと冗談めかして言う。

 真帆乃はふふっと笑う。


「信一だから意味があるの。だって、私、信一の好みの水着を着たいもの」


「そ、そうなの?」


「信一に『可愛い』って言ってほしいから」


 真帆乃は照れたように上目遣いに言う。

 そこまで言われて断れるわけがない。


(真帆乃に似合う水着……ね)


 ビキニ姿の真帆乃を想像する。ほっそりとした白い脚や大胆に露出した胸元を思い描いてしまい、信一はうろたえる。


 真帆乃がジト目で信一を見る。


「いま、わたしの水着姿で、エッチなことを考えたでしょ?」


「え!? そんなことするわけないよ」


「しないの? それはそれで私に魅力がないみたいで、やだ」


「えーと、その、してました……」


「ほら、やっぱり!」


 真帆乃がわざとらしく、怒ってみせる。言わせたのは自分のくせに、と信一は苦笑する。

 もちろん、真帆乃も本気で怒っているわけではなく、くすくす笑いだしてしまう。


 からかわれてばかりで、真帆乃に主導権を握られたままなのも悔しい。

 信一は反撃してみることにした。


「でも、水着姿でなくても真帆乃は可愛いけどね」


「へ!?」


「今の真帆乃も十分に可愛いから……」


「エッチなことを考えちゃう?」


「そうかもしれない」

 

 真帆乃はみるみる顔を赤くして、両腕で自分の胸を抱き、目を伏せた。

 信一も言った後に、さすがに恥ずかしくなってきた。


「は、恥ずかしいことを言わないでよ」


「真帆乃が『可愛い』って言ってほしいって言ってたんだよ」


「そうだけど……。そ、そうだ。早くここから離れないと、またあの子が戻ってきちゃうかも」


 誤魔化したな、と信一は思った。とはいえ佳奈とまた会うと大変なのは事実だ。

 早いところ水着を買いに別の場所へ行こう。


 歩き出そうとする信一に、真帆乃が「ねえ」と声をかける。

 振り返ると、真帆乃はもじもじとしていた。


 どうしたのだろう?


「あ、あのね……あの女の子にしたこと、私にもしてほしいの」


「梓さんにしたこと……?」


「手、つないで」


「いいの?」


「ご、誤解しないで! はぐれないためで、あの女の子に対抗しているわけじゃないんだから!」


 真帆乃は頬を膨らませて、そう言う。佳奈に嫉妬しているんだろうな、というのは信一でも想像がついた。


 信一は真帆乃の白い小さな手を見つめた。

 この手を取ってもいいのだろうか?


(そのぐらいは、許されるか……)


 信一は真帆乃にそっと手を差し出し、その手をそっと握った。

 真帆乃が耳まで真っ赤にして、うつむく。


「手、つないじゃった」


「真帆乃がそうしたいと言ったからね」


「信一はしたくなかった?」


「俺も真帆乃と手をつなぎたかったよ」


「そっか。信一の手、温かい……」


 真帆乃の手はひんやりとしていて、小さくて、柔らかかった。真帆乃が女性であることを改めて意識させられる。


 心臓がどきどきとする。真帆乃にバレていないだろうか……。

 真帆乃は幸せそうな笑みを浮かべる。


「どきどきするね」


「真帆乃も?」


「うん。信一も……?」


「……行こう」


「ごまかすの?」


 真帆乃がおかしそうに言う。そんな真帆乃の手を信一は少し強引に引いた。

 

「あっ……」


 真帆乃が小さく甘い声を上げる。


「信一がリードしてくれるんだ?」


「男だからね」


「それ、今の世の中だと問題発言よ?」


「そうかもね。ごめん」


「でも、私にとっては嬉しいかも。信一が私を『女』として見てくれるのは……嫌じゃない。ね、信一……私を離さないでね」


 真帆乃はそんなふうに切なそうにささやく。

 雑踏の中を、二人は手をつないで歩き出した。

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