第4話 好きな人

 ずっと一緒にいたい、という佳奈の言葉を聞いて、信一は驚いた。

 佳奈は白い頬を赤くして、ふふっと笑う。


「早く刑事になって、これからも先輩と一緒に仕事をしたいって意味ですよ」


「そ、そっか……」


「それとも、別の意味があると思いました?」


 佳奈がからかうように言う。信一は完全に佳奈に振り回されている。

 そんなことを言いながらも、佳奈は信一の腕にくっついたままだった。


 参拝したときは、さすがに手を放したけれど。本殿の前で、佳奈が目をつぶり、両手を合わせる。


(本当に、俺とずっと一緒にいたい、って願ってくれているのかな……)


 そう思うと、気恥ずかしくなる。佳奈がどんな意味でそれを言ったにせよ、佳奈が信一を必要としているなら、それは嬉しいことだった。


(けれど、俺の願いは……)


 自然と、信一は真帆乃のことを考えてしまう。

 真帆乃とどうなりたいのか、それはわからない。


 ただ、信一も真帆乃と一緒にいられるように、と願ってしまった。


 参拝を終えて、佳奈が信一をちらりと見る。


「先輩の願いごと、当ててみせましょうか?」


「当たらないと思うよ」


 信一は佳奈に少し罪悪感を覚える。佳奈は信一とのことを願ったのに、信一が考えていたのは真帆乃のことだったのだから。


 佳奈はふわりと寂しそうに微笑む。その表情は、いつもよりぐっと大人びて見えて、信一はどきりとする。


「そうですね。いつか、先輩の願いごとを『佳奈と一緒にいたい』にしてみせますから」


 小声で言うと、佳奈はふたたび明るい表情を浮かべ、「さあ早く天丼食べに行きましょう♪」と弾む声で言う。


「ね、先輩。はぐれると怖いから、手をつないでください」


「へ!?」


「ダメ、ですか?」


 信一がためらっていると、佳奈が「先輩ってば、優柔不断……」と言って、強引にその小さな手を信一の手に重ねた。


 そして、細い指先を信一の指に絡める。いわゆる恋人つなぎだ。腕組みよりも密着の度合いは落ちているけど、これはこれで照れてしまう。

 佳奈がふふっと笑う。

 

「今だけは先輩はわたしのものですね」


「か、からかわないでよ」 


「からかってなんていませんよ。それに、わたしはいつでも先輩のものです」


「梓さん……そういうことは気軽に言わないほうが……」


「気軽になんて言っていません」


 きっぱりと佳奈は言う。佳奈が指先に力をこめて、信一の指をぎゅっと握る。


「そ、そっか」


「ねえ、先輩には、好きな人はいますか?」


 佳奈は黒いきれいな瞳で信一を見つめ、静かにそう問いかけた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る