第3話 佳奈の大攻勢

 ということで、信一は佳奈と一緒に天丼屋へと移動することになった。

 浅草寺境内の向こう側だそうで、「ついでに参拝もして行きましょう!」と佳奈に言われ、押し切られてしまう。


「えっと、そろそろ腕を離してくれる?」


「ダメでーす。それとも、先輩はわたしと腕を組むのは嫌ですか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


「なら、いいじゃないですか!」


 佳奈は口笛を吹きそうなぐらい上機嫌で、弾むような足取りだった。

 あまりにも元気いっぱいで、テンションの高さについていけない。


 腕を組まれたまま、佳奈と密着して歩く。どう見ても、カップルにしか見えないだろう。

 えへへ、と佳奈が笑いかける。


「先輩、照れてます?」


「……そうだね」


「あ、やっぱり。わたしが先輩を照れさせているなんて、ちょっと嬉しいですね!」


 佳奈は明るく表情を輝かせる。ぴょんぴょんと跳ね回る子犬のようで可愛い。

 ただ、実際には佳奈は若い女性で、あまりくっつかれると、信一は困ってしまうのだけれど。


 浅草寺の本堂は人でごった返していて、参拝に時間がかかりそうだ。信一と佳奈は顔を見合わせ、いったん参拝は諦めた。もともと天丼屋に行くことが目的でもある。


 代わりに、佳奈が「隣にある神社に行きましょう!」と提案した。


 たしかに、すぐとなりの浅草神社に立ち寄ると、混雑の程度がかなりマシだ。

 巨大でいかつい狛犬が左右に分かれて、信一たちを出迎える。


 まっすぐ参拝するかと思いきや、佳奈が信一を引っ張り、脇道の方へと連れ込む。


「ど、どうしたの?」


「見たいものがあるんです」


 そう言って、佳奈が連れて行ったのは、小さな石像だった。

 これも狛犬のようだ。ただ、こじんまりとしていて、二匹がぴたっと身を寄せ合うような見た目だ。


「ね、先輩。この狛犬、夫婦なんですよ」


「へえ、そうなんだ……」


「だから、この神社は縁結びで有名で、カップルがずっといっしょにいられるようにって願いに来るんです」


 信一が驚いて佳奈の表情を見ると、佳奈はほんのりと顔を赤く染めている。

 

「この狛犬、なんだか腕を組んでいるわたしたちみたいじゃないですか?」


「お、俺たちは夫婦じゃないよ」


「そうですね。先輩と後輩です。今はまだ」


 佳奈はくすりと笑った。


「神社でお願いすること、先輩は決めていますか?」


「いや……」


 ぱっと真帆乃のことが脳内に浮かぶ。けれど、真帆乃との関係の何を信一は祈ればいいのだろう?


 そして、もし信一と真帆乃が二人で参拝したら、真帆乃はどういう反応をしただろう?

 見てみたいな、と思い、信一は慌ててその考えを消した。


 信一がしばらく黙っていたからか、佳奈は不思議そうに首をかしげる。


「先輩? どうしたんですか?」


「いや、俺の願い事って何なのかな、と思って」


「先輩は決まっていないんですね」


「そうだね」


「わたしは決まっています」


「そうなの?」


「はい。お願いは……先輩とずっと一緒にいられますように、って」


 佳奈は恥ずかしそうに目を伏せて、小さな声でそう言った。




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