第二章 絶対にルームシェアしたい真帆乃vs照れてしまう信一

第1話 あなたを離さない

 朝食を食べ終わった後、信一は片付けと皿洗いをした。

 真帆乃は「信一はお客さんだから」と言って、自分で皿洗いもしようとしたけど、さすがに何から何までやってもらうのは悪い。


 そう言うと、真帆乃は少し考え、あっさりと引き下がった。

 ただ……。


「台所にいなくても、座って休んでくれてていいんだよ、真帆乃?」


「いいの。わたしが好きでしていることだから」


 真帆乃はふふっと笑った。

 皿洗いのために信一は台所に立っていて、その隣で真帆乃が信一の様子をじっと眺めていた。


 信一もちらっと真帆乃の様子をうかがう。

 真帆乃は嬉しそうな表情だった。美人の幼馴染が寝巻きにエプロンという姿で同じ部屋にいるなんて、夢のような状況かもしれない。


 そういえば、朝起きたタイミングで真帆乃はすでに化粧をしていた。信一に見られることを意識しているのだろう。

 それなら、寝間着から着替える時間もあったはずで、わざとそのままにしているのかもしれない。


 何のために、というのは深く考えないことにする。

 真帆乃は相変わらず、信一を楽しそうに眺めていた。


「信一がお皿を洗ってくれているのを見ると……この家の住人になってくれたみたいで、嬉しいな」


「ああ、なるほど……」


「毎日、私がご飯を作ってあげて、信一が代わりに片付けをしてくれて……ルームシェアしたら、そういう分担も良いかなって思うの」


「それだと真帆乃に負担がかかりすぎるよ。交代交代かな」


「あっ、ルームシェアしてくれるの?」


 真帆乃がぱっと顔を輝かせて言う。たしかに、まるで同居をする前提で話してしまった。


「い、いや、それはまだ決めていないというか……」


「ルームシェアしてくれる可能性はあるってことだよね?」


「ま、まあね」


 実際、独身寮は出ていかないといけないし、借りる予定の部屋は借りられなくなったし、真帆乃とルームシェアする提案は渡りに船だ。


 そして、もちろん……かつて好きだった幼馴染と同居できることにも、魅力を感じている。


 一方で、やっぱり男女二人でルームシェアするのはまずい気がする。

 同じ警察官だし、噂になるかもしれない。そうなったとき、真帆乃の立場にプラスの影響があるとは思えない。


(俺はただの刑事だしな……)


 同居していれば、恋仲だとも疑われる。真帆乃にはもっとふさわしい相手がいるのではないだろうか。


 そんな信一の内心を見透かしたように、真帆乃は柔らかい表情を浮かべる。


「私のことは心配しなくても、信一のしたいとおりにしてくれていいのに」


「ありがとう。でも、『したいとおりにする』が許される年齢ではなくなってきたからね……」


「私も信一も、もう大人だものね。でも、私の前では昔みたいな少年の心でいてくれていいわ」


 真帆乃が優しく言う。信一はどきりとした。

 その言葉に、甘えてしまいそうになる。


「なら、真帆乃も乙女心あふれる少女ってわけだ」


 照れ隠しに、信一はそんな言葉を返してしまう。真帆乃もちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。


「乙女心……そうね。そうかもしれない。26歳だから、少女どころか、女子って年齢でもないけど」


「いや、真帆乃は……」


 どう見ても、20代前半か、下手したら10代の女子大生にしか見えない。かっこいい雰囲気はありつつ、やや童顔だからかもしれない。

 そういえば、佳奈は、真帆乃より自分のほうが若いと自慢げに言っていた。佳奈は18歳だし、たしかに少女ですごく若い。


 ただ、信一にとって、真帆乃は女子高生だった頃より、今のほうがずっと魅力的だった。

 少女のころの可憐な雰囲気と、大人な女性の魅力が同時に混在しているような、不思議な美しさがあった。


「私をじっと見て、どうしたの?」


「な、なんでもないよ」


 真帆乃が不思議そうに、可愛らしく小首をかしげる

 その仕草にも、信一は心ひかれてしまう。


(やっぱり、絶対に同居はダメだ……!)


 もう真帆乃は手の届かない存在だ。信一とは別世界のエリートになってしまった。

 なのに、ルームシェアしたら、真帆乃への想いが抑えられなくなりそうだった。


 皿洗いを終えて、信一は手をタオルで拭く。

 真帆乃は突然、信一に近づくと、その手をそっと握った。正面から両手をつなぐ形になる。


「ま、真帆乃!?」


「ごめんなさい。寒くなかったかなって」


「冬場だけど温水を使わせてもらったから平気だよ……」


「でも、信一の手、冷たいよね。ひんやりしていて気持ちいい」


 真帆乃の頬は赤く染まっていて、そして、はにかんだような笑みを浮かべていた。


「そ、そろそろ手を離してもいいのでは……?」


「ダメ。絶対に離さないんだから。……信一のことも離さない。やっぱり、絶対にこの家でのルームシェアを受け入れてもらうんだから」


 真帆乃の美しい黒い瞳は、きらきらと輝き、そして信一を捉えて離さなかった。

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