第18話 幼馴染もののラノベが……!
ともかく、信一は立ち上がってリビングをうろうろしてみることにした。
本棚が壁際にあるので、近くに寄って眺めて見てみる。
推理小説が古いものから、新しいものまで揃っているのが印象的だった。もともと推理小説を読むのは、真帆乃と信一の共通の趣味でもあった。
(高校のときはよく貸し借りしたっけ……)
信一と真帆乃は単に家族ぐるみの付き合いがあっただけではなくて、考え方とか趣味とか、気が合うところが多かった。
もしそうでなかったら、中学生ぐらいに疎遠になっていただろう。
それと、難解そうな法律書が並んでいる。真帆乃は法学部の出身だった。国家総合職試験も法律職の区分で受かったと聞いている。
とはいえ、推理小説も、もちろん法律書も、ちょっとした時間をつぶすのに向いた読み物ではない。
さらに右の棚を見ると、けっこう漫画も並んでいた。読むなら、そちらの方が良さそうだ。
王道のバトル少年漫画もあれば、なかなかグロいと評判の青年漫画もあり、さらに甘酸っぱそうな少女マンガもある。
真帆乃は漫画にも詳しくて、そのおすすめの漫画はなかなか面白かった。真面目な話から娯楽まで、真帆乃が弱い分野などないのではないかと思えてくる。
そのなかで目立ったのは、文庫サイズの本だった。手にとって見ると、それは漫画ではなくてラノベだった。
萌え系の表紙で、ブレザーの制服の女子高生がバーンと描かれている。
信一はラノベもけっこう好きでついでにいえば深夜アニメも大好きだ。
ただ、少なくとも昔は真帆乃はラノベをそれほど読むわけではなかった。漫画やゲームがごく普通の趣味になっても、ラノベの読者人口は限られている。
他には、ラノベは本棚にない。真帆乃が気まぐれで買ったのかと思ったけれど、シリーズのうち6巻までが揃えられている。
不思議に思って信一は背表紙を見て、あらすじを目にする。そして、「あっ」と声を出した。
それは幼馴染の少女がメインヒロインの、幼馴染ものだった。家族のように育ってきた幼馴染の高校生二人が、恋愛関係になっていく……という内容のようで。
まるで自分と真帆乃のことのようだと信一は妄想した。実際には、真帆乃と彼氏彼女だったことは一度もない。
けれど、真帆乃はどんな思いで、普段は読まないこのラノベを買ったのだろう?
(幼馴染ものだから、買ったのかな……?)
信一は想像して、考え過ぎかなと思った。いくらなんでも自意識過剰かもしれない。
ぱらぱらとめくると、幼馴染のヒロインが久しぶりに再会した主人公に、朝食を作るシーンの挿絵付があった。
ヒロインが作っていたのはフレンチトーストだった。可愛いイラストだなあ、と思って読んでいると、遠くから「できたよ、信一」と朗らかな真帆乃の声がする。
信一が文庫を棚に戻し、食卓の方へと戻る。と、そこに並んでいたのは、コンソメのスープや野菜とベーコンを炒めたもの、そして……おしゃれな雰囲気のフレンチトーストだった。
柔らかそうな、炒めたりんごがたっぷり載っている。
真帆乃がえへんと胸を張る。
「どう? 美味しそうでしょう? タルトタタン風のフレンチトースト!」
本当にすごく美味しそうだった。けれど、さっきまで読んでいたラノベのシーンを思い出し、信一はどきりとする。
もしかして真帆乃は、あのラノベを意識してこれを作ったのだろうか。
真帆乃が可愛らしく首をかしげる。
「どうしたの、信一?」
「いや、いつもは独身寮で和食ばかり食べているから、新鮮だなと思って」
信一が誤魔化すと、真帆乃が「そうだと思った」と微笑む。
寮は食事が出てくるのはありがたいが、メニューは単調になりがちだ。
信一が勧められるまま席に座ると、真帆乃もその正面に座る。
ひとくち食べてみると、たしかに美味しい。信一が食べる姿を真帆乃は嬉しそうに眺めている。
「どう?」
「すごく美味しいよ。柔らかくてふわふわだし、りんごもいい感じだし……」
「信一に喜んでもらえて、良かった」
「でもさ、手間がかかったんじゃない?」
「そんなでもないわ。その……卵液とか下準備は昨日の夜にしたんだけどね」
ふふっと真帆乃が笑う。
それは、朝食としては手間がかかっていると思う。
悪いことをしたな、と思う。
けれど、真帆乃はそんな内心をお見通しだったらしい。
「何度も言ってるでしょ? 信一が申し訳なく思う必要なんて無いの」
「でも……」
「謝るぐらいなら……」
真帆乃がちらりと信一を見る。信一も真帆乃が言いたいことがわかった。
「ありがと、真帆乃」
「どういたしまして、信一」
「それにしても、昔から、真帆乃って料理も上手だよね」
「そうそう。周りはあんまりそうは思ってくれないけどね」
「男勝りだから、料理とか女性的なことは苦手って思われているんだろうね」
「そうかも。実際は、私ってけっこう家庭的だと思うの」
「けっこう、というか、かなり家庭的かもね」
信一はうなずく。もちろん、女性は家庭的であるべき、なんてことを信一は言うつもりはない。ただ、真帆乃は意外といわゆる「女性らしい」タイプだ。
びっくりしたような目で真帆乃信一を見る。
どうしたのだろう?
「『そんなことない』って言われるかもと思った」
「みんなはそう言う?」
「俺は言わないよ。真帆乃を昔から知っているからね」
「そっか」
照れくさそうに、真帆乃が紅茶のカップを見つめる。そして、自分の皿のフレンチトーストを手に取った。
二人はしばらく黙って食事を取った。でも、それは気まずい沈黙ではなくて、心地よさがあった。
真帆乃のカップが空になったのを見て、信一は真帆乃のカップに紅茶を注いだ。
「ありがと。このフレンチトースト、紅茶にも合うでしょう?」
「そうだね。間違いない」
「私とルームシェアすれば、毎日こんな朝食が食べ放題。どう? 魅力的じゃない?」
「真帆乃の手料理が食べられるのは、ほとんどの男にとっては魅力的だと思うよ」
「他の男の話じゃなくて、信一にとっては魅力的じゃない?」
「俺にとっても魅力的だけどね」
「ふうん。私の手料理、食べたいんだ?」
真帆乃がからかうように言う。
信一は肩をすくめた。
「食べたいけど、もし本当にルームシェアするなら、毎日真帆乃に朝ごはんを作らせるわけにはいかないよ。俺も分担する」
「ルームシェアしてくれるの?」
真帆乃が目を輝かせる。しまった、と信一は思った。
仮定の話をしただけなのに、真帆乃に誤解させるようなことを言ってしまっ、た。
「そ、それはまだ決めていないというか……」
「信一って、優柔不断ね」
「ごめん。でも……」
言い訳しようとする信一の唇に、真帆乃が人差し指を当てる。そのひんやりとした感触に、信一はどきりとした。
「無理強いするつもりはないの。でも、考えておいてね。私は信一がいるときっと安心で、楽しく暮らせると思うから」
そう言って、真帆乃は花の咲くような笑みを浮かべた。
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