第2話 いいこと、しよう?

 信一の手の感触を確かめるように、真帆乃はぺたぺたと触った。その表情は幸せそうで、信一は見とれてしまった。


 真帆乃が信一の顔を見て、くすっと笑う。


「信一、照れてる?」


「女性に手を情熱的に握られたら、誰でも照れるんじゃない?」


「女性なら、誰でも?」


 真帆乃がちょっと不満そうに言う。信一は肩をすくめた。


「相手が真帆乃だから、照れてるんだと思うよ」


 そう言うと、真帆乃はすぐに嬉しそうな表情になった。表情がころころと変わる。警察官として見たときは、真帆乃は常に張り付いたような笑みを浮かべていた。


 二人きりだとかなり違うな、と信一は思う。


「ね、信一、今日は時間ある?」


「休日で非番だし、何も予定はないよ」


「なら、私といいことしない?」


 いいこと、という言葉が艶めかしく聞こえて、どきりとする。

 寝巻き姿の美人女性と、その家で二人きり。それで「いいこと」と、いうと……。


 信一の想像に気づいたのか、真帆乃が顔を赤くして、ジト目で信一を睨む。


「い、今、変なことを想像したでしょ? 言っておくけど、エッチなことじゃないんだから!」


「いいこと、なんて言われたら、そういうことを想像するよ……」


「い、言い間違いなの!」


「なら、何をするの?」


 ふふっと真帆乃は笑い、リビングの大型テレビを指差す。

 そして、自信たっぷりに胸をえへんと張る。


 寝間着の上から大きな胸が揺れて、信一は動揺した。

 そんな信一の動揺に気づかいていないようで、真帆乃は続けて言う。


「ゲームをしない?」


「へ?」





 文字通り、信一は真帆乃とテレビゲームをすることになった。

 二人並んでテレビの前のソファに座る。ソファが狭いので、信一のすぐ隣に、真帆乃が密着するように座った。


 お尻のあたりが触れて、どきりとさせられる。真帆乃が信一の顔を覗き込む。


「こうして二人並んで座るのも、ゲームをするのも久しぶりね」


「そうだね。というか、もうそんなこと、無いって思ってた」


「そうね。でも、ルームシェアをすれば、毎日でもできるわ」


「る、ルームシェアをすると決めたわけじゃないよ。それに、大人なのに、毎日ゲームするかな……」


「大人だから、よ。信一は大人になって、ゲームに飽きた?」


「いや、全然。というか実は家では毎日やってる……」


「なら、大人も子どもも変わらないでしょう? ……平日は忙しくてできないかもしれないけどね」


 それはそうだ。

 信一も刑事として多忙だし、エリートの真帆乃はもっと忙しいだろう。二人とも、相手にするのは犯罪ばかりだ。


 それでも、今、この瞬間は平和そのものだった。


 ゲームはニンテンドースイッチのスマブラだった。真帆乃は昔からゲーム好きで、中高生のころはWiiのスマブラで信一と真帆乃はよく対戦していた。

 それは……とても楽しい時間だったと思う。はしゃぐ女子高生の真帆乃の姿を、昨日のことのように思い出せる。


 真帆乃がくすりと笑う。


「26にもなって、『いいこと』がゲームって子供っぽいと思った?」


 真帆乃の問いに、信一は首を横に振る。


「中高生のときの自分は、26歳になった自分なんて、想像もできなかったよ。でも、なってみると、案外、何も変わらないんだなって思った」


「そうね。私も信一も変わっちゃったけど、何も変わらない」


 真帆乃は小さくつぶやく。二人の立場は変わった。

 なら、真帆乃が信一に向ける感情は、信一が真帆乃に向ける感情は、どうだろう? もし変わっていないなら、信一はルームシェアを受け入れられるのだろうか。


 信一は考えようとして、思考がまとまらず打ち切った。

 今は、真帆乃とゲームをすることに集中しよう。


 この瞬間が、楽しい時間なことは間違いないのだから。

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