第2話 いいこと、しよう?
信一の手の感触を確かめるように、真帆乃はぺたぺたと触った。その表情は幸せそうで、信一は見とれてしまった。
真帆乃が信一の顔を見て、くすっと笑う。
「信一、照れてる?」
「女性に手を情熱的に握られたら、誰でも照れるんじゃない?」
「女性なら、誰でも?」
真帆乃がちょっと不満そうに言う。信一は肩をすくめた。
「相手が真帆乃だから、照れてるんだと思うよ」
そう言うと、真帆乃はすぐに嬉しそうな表情になった。表情がころころと変わる。警察官として見たときは、真帆乃は常に張り付いたような笑みを浮かべていた。
二人きりだとかなり違うな、と信一は思う。
「ね、信一、今日は時間ある?」
「休日で非番だし、何も予定はないよ」
「なら、私といいことしない?」
いいこと、という言葉が艶めかしく聞こえて、どきりとする。
寝巻き姿の美人女性と、その家で二人きり。それで「いいこと」と、いうと……。
信一の想像に気づいたのか、真帆乃が顔を赤くして、ジト目で信一を睨む。
「い、今、変なことを想像したでしょ? 言っておくけど、エッチなことじゃないんだから!」
「いいこと、なんて言われたら、そういうことを想像するよ……」
「い、言い間違いなの!」
「なら、何をするの?」
ふふっと真帆乃は笑い、リビングの大型テレビを指差す。
そして、自信たっぷりに胸をえへんと張る。
寝間着の上から大きな胸が揺れて、信一は動揺した。
そんな信一の動揺に気づかいていないようで、真帆乃は続けて言う。
「ゲームをしない?」
「へ?」
☆
文字通り、信一は真帆乃とテレビゲームをすることになった。
二人並んでテレビの前のソファに座る。ソファが狭いので、信一のすぐ隣に、真帆乃が密着するように座った。
お尻のあたりが触れて、どきりとさせられる。真帆乃が信一の顔を覗き込む。
「こうして二人並んで座るのも、ゲームをするのも久しぶりね」
「そうだね。というか、もうそんなこと、無いって思ってた」
「そうね。でも、ルームシェアをすれば、毎日でもできるわ」
「る、ルームシェアをすると決めたわけじゃないよ。それに、大人なのに、毎日ゲームするかな……」
「大人だから、よ。信一は大人になって、ゲームに飽きた?」
「いや、全然。というか実は家では毎日やってる……」
「なら、大人も子どもも変わらないでしょう? ……平日は忙しくてできないかもしれないけどね」
それはそうだ。
信一も刑事として多忙だし、エリートの真帆乃はもっと忙しいだろう。二人とも、相手にするのは犯罪ばかりだ。
それでも、今、この瞬間は平和そのものだった。
ゲームはニンテンドースイッチのスマブラだった。真帆乃は昔からゲーム好きで、中高生のころはWiiのスマブラで信一と真帆乃はよく対戦していた。
それは……とても楽しい時間だったと思う。はしゃぐ女子高生の真帆乃の姿を、昨日のことのように思い出せる。
真帆乃がくすりと笑う。
「26にもなって、『いいこと』がゲームって子供っぽいと思った?」
真帆乃の問いに、信一は首を横に振る。
「中高生のときの自分は、26歳になった自分なんて、想像もできなかったよ。でも、なってみると、案外、何も変わらないんだなって思った」
「そうね。私も信一も変わっちゃったけど、何も変わらない」
真帆乃は小さくつぶやく。二人の立場は変わった。
なら、真帆乃が信一に向ける感情は、信一が真帆乃に向ける感情は、どうだろう? もし変わっていないなら、信一はルームシェアを受け入れられるのだろうか。
信一は考えようとして、思考がまとまらず打ち切った。
今は、真帆乃とゲームをすることに集中しよう。
この瞬間が、楽しい時間なことは間違いないのだから。
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