第12話 せんぱい? 何してるんですか?

 真帆乃の「信一しかいない」という言葉を聞いて、信一の心臓がどくんと跳ねた。

 その言葉は、信一にとって、あまりにも魅力的で危険な言葉だった。

 

(真帆乃はどんな気持ちで言ったんだろう?)


 信一がじっと真帆乃を見つめる。真帆乃も自分の言葉の意味に気づいたのか、ほんのりと顔を赤くして、慌てて首をぶんぶんと横に振る。


「あのね、『信一しかいない』っていうのは、私を女の子扱いしてくれるのが『信一しかいない』って意味しかないんだから!」


「それだけ?」


「えっと、だから、その……私とルームシェアする相手は、信一しか考えられないなってこと。あの、その、特別な意味は無いんだけど」


「真帆乃は自分を女扱いする相手と、ルームシェアしたいの?」


「い、意地悪な言い方をしないでよ。信一だから、ルームシェアしたいの。ダメ?」


「ダメってことはないけど、真帆乃も俺を男だと意識してくれるわけ?」


 真帆乃の言葉のせいで、ほてりと動悸がひどい。それをごまかすように信一はからかうように聞いてみる。

 真帆乃が否定すると信一は予想していた。


 ところが……。

 

「私はずっと前から、信一のことを男の子だと思ってる。ううん、今は男の子じゃなくて、大人の男性だよね」


 真帆乃は小声で言い、目を伏せてしまう。


 妙な空気になって、二人とも黙ってしまう。信一に少しでも勇気があれば、なにか気の利いた言葉をかけることができたかもしれない。


(でも……)


 信一は真帆乃をまた失うことが怖かった。今、信一が決定的な言葉を口にすれば、引き返しがつかなくなる。


 ためらっているうちに、真帆乃は寒そうに少し身体を震わせると、自分の手に息を吹きかけて暖める。

 そして、真帆乃はちらっと信一を見る。まるで何かを期待するように。


 もし、本当の恋人なら、手をつないだのかもしれない。そうすればこの人混みのなかでもはぐれることはないし……互いを暖めることもできる。


 でも、そんなことをしていいのか。真帆乃に提案すれば、真帆乃は拒まない雰囲気があったけれど。


「私たち、幼馴染よね?」


「うん。そうだけど?」


「だったら、手をつないでも……おかしくないよね?」


 真帆乃は実際に、そう口にした。

 恋人と幼馴染とで理由付けこそ違うけれど、同じことを考えていたわけだ。


「つないでみる?」


 信一は真帆乃にそう問いかけてしまう。真帆乃はぱっと顔を輝かせる。そして、信一が手を差し伸べるのを、嬉しそうに見つめた。


 そのままだったら、二人はまるでカップルのように……いや、幼馴染として手をつないで歩き出したかもしれない。


 でも、偶然が、二人の触れ合いを許さなかった。


「あれ、こんなところで何してるんですか? 原橋先輩?」


 少し幼いとすらいえる少女のソプラノボイスが聞こえ、信一も真帆乃もはっとして振り返る。

 そこにいたのは、小柄な美少女だった。ファッション誌に載っているようなカーディガンを羽織っていて、デニムのショートパンツの下から見える白い脚がまぶしい。


 彼女は梓佳奈巡査。

 警察署での信一の後輩だ。

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