第三章 真帆乃vs佳奈
第1話 修羅場……?
佳奈は首をかしげ、信一と真帆乃を見比べた。
冷や汗が流れるのを、信一は感じる。
(どうしよう……?)
信一と真帆乃の関係――幼馴染だというだけだが――は、警察では秘密にしようと約束していた。
手をつなぐ前で、本当に良かったと思う。手をつないで歩いているところを見られたら、本当に言い訳ができない。
真帆乃に迷惑がかかるのを信一は恐れていた。狭い警察社会でどんな噂を立てられるかわからない。
「えっと、そちらの女性は……お知り合いですか?」
ところが、佳奈が不思議そうに言うので、信一と真帆乃は顔を見合わせる。どうやら、佳奈は真帆乃を見ても「秋永警視」と気づいていないらしい。
考えてみれば、刑事でない佳奈は捜査会議にも出ていないし、真帆乃をちらっとしか見ていないはずだ。佳奈は真帆乃を美人だと評していたものの、容姿をはっきり覚えているほどじっくり見たわけではないのだろう。
それに、今の私服の真帆乃は、アイドルか女優といった可憐な雰囲気で、まったく警察官僚という雰囲気はしない。
しめた、と信一は思った。ちらっと真帆乃を見ると、真帆乃は困惑したような、複雑そうな表情を浮かべている。
真帆乃、と名前を呼びかけて、信一は思いとどまる。そんなことをすれば、二人が親しい仲だとバレてしまう。
真帆乃の身分は伏せておく。偶然、昔の知り合いと浅草でばったり会った。それだけということにしておくのが、一番安全だ。
口裏を合わせることはできないから、真帆乃と以心伝心であると信じるしかない。
「学生時代の知り合いなんだ。たまたま浅草を散歩していたら、ばったり会って」
真帆乃に視線を送る。真帆乃は信一の意図に気づいてくれたのか、こくこくとうなずく。
「そ、そうなの」
「……先輩にこんな超絶美人な知り合いがいたんですね……」
「えっと、そういうあなたは……?」
もちろん、真帆乃も佳奈のことを知らない。
佳奈はふふっと笑い、なぜか胸をえへんと張る。
「わたしは原橋先輩と同じ職場で働いているんです。いつも親しくさせていただいています」
「へえ、親しく……」
心なしか、真帆乃の目がすぅっと細められた。佳奈はそんな真帆乃の表情の変化を観察していたようだった。
「それに原橋先輩とは来週にはデートにいきますし!」
佳奈が満面の笑みで、そんな爆弾発言をする。信一は慌てたが、もう遅い。
真帆乃がショックを受けたように硬直する。
「先輩から誘ってくれましたし、とっても嬉しかったんです。先輩、頼りになりますし、かっこいいですし!」
「そ、そうなんだ……」
真帆乃が小声でつぶやき、そして目を伏せる。
状況が悪化しているのを感じる。信一は真帆乃とも佳奈とも付き合っているわけではないとはいえ、これは……。
佳奈が上目遣いに信一を見る。
「ね、先輩は……」
そこで言葉を切り、佳奈は真帆乃をちらっと見た。「ばったり会った知人」ということになっている真帆乃と、信一がこの後も一緒にいるのか、知りたいようだった。
信一はどう答えようか、迷った。本当は真帆乃との「デート」中だった。けれど、それを言うわけにもいかない。
信一が答える前に、真帆乃が口を開いた。
「原橋くんとは、たまたま歩いてたら会っただけだから。お邪魔しちゃ悪いし、私はこのへんで失礼するわ」
そう言って、真帆乃はくるりと踵を返して、立ち去ってしまう。「真帆乃!」と呼び止めようとしたが、名前を呼ぶことができない。
素直に名前を呼ぶことができないのが、信一にはもどかしかった。かつて幼馴染だった二人は、今や立場の違いに縛られている。
気づくと、佳奈がぎゅっと信一の腕にしがみついていた。
「あ、梓さん!?」
「あのですね、先輩……わたし、浮気は許さないんですからね」
佳奈は自分が女性であると意識させるように、信一に自分の小さな胸を押し当て、そして、くすりと笑った。
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