第11話 女子大生・秋永梨香子。
「り、梨香子ちゃんが……?」
反射的に、信一は外を覗こうとして、真帆乃に手をつかまれ、引っ張られる。梨香子にバレることを恐れたんだろう。
反射的に信一が真帆乃を振り返ると、真帆乃は恥ずかしそうにうつむいた。
信一の腕をつかんでいるせいで、真帆乃は下着姿を隠すこともできず、白い肌をさらしていた。
「じっとしてて」
真帆乃はささやく。吐息が頬を触り、くすぐったい。
女性特有の甘い匂いが試着室のなかに満ちる。
(女性、というか真帆乃の匂いか……)
そう思うと、信一はくらりとする。真帆乃のすらりとした脚と大きな胸の谷間が信一を誘うように存在感を主張している。真帆乃の脱いだ服が、生々しい。
かつて大好きで憧れていた幼なじみが、密室であられもない姿で、すぐ目の前にいる。
そう考えると、腹の奥に暑いような衝動を感じた。
今すぐ真帆乃の背中に手を回して、抱き寄せたら、どうなるだろう?
信一はそんなことを妄想した。
もし、信一が本当にそうしても、真帆乃は嫌とは言わないかもしれない。
でも、そうすれば、きっとなにか大切なものが壊れてしまう気がした。
信一はぐっと我慢して、真帆乃に尋ねる。
「本当に梨香子ちゃんがいたの?」
「ええ、遠目にだけど、見えたの……」
佳奈に続き、梨香子とばったり会うとは、世間は狭いと信一は思った。
それより気になることがある。
「隠れていないといけないかな」
梨香子は普通の女子大生で、少なくとも警察関係者ではない。
その意味では隠れないといけない理由はないのだ。
真帆乃は口をパクパクさせた。そして、小声で言う。
「とっさに隠れちゃった」
「つまり、深い理由はないってことだよね……」
「そ、そう言われると私の立つ瀬がないというか……こ、こんな恥ずかしい格好を見せちゃったのに」
「えっと、じゃあ、俺は出ようかな……」
「だ、ダメ。やっぱり梨香子にバレるのはダメなの……」
「どうして?」
「だって……」
真帆乃は口ごもってしまう。考えてみれば、信一はあの誘拐事件のとき、梨香子を助けられなかった人間だ。信一が勇気を出せなかったせいで、梨香子はひどい目にあったとすら言える。
そんな相手と姉が仲良くしていたら、梨香子はどう思うだろうか? きっと気分が良いはずもない。
信一はあの事件以来、梨香子とは会うこともできていなかったし、謝ることもできていない。それは真帆乃と絶交したからだけれど、梨香子もきっと信一のことを恨んでいるだろう。
ところが、信一がそう言うと、真帆乃は「えーっと」と目を泳がせた。
「むしろ、逆というか……」
「へ?」
「あの子は信一に会いたがっているわ」
「そうなの? それなら、なおさら隠す必要がないんじゃ……」
「だからこそ梨香子に二人で試着室に閉じこもっていたなんて、知られるわけにはいかないの!」
信一にはわけがわからなかったが、ともかく真帆乃は信一と一緒にいる状態で、梨香子に会いたくないらしい。
それなら、しばらくここに隠れているしかないだろう。
二人のあいだに沈黙が降りる。互いの吐息がかかるほど間近にいるのだ。
「もう少しだから……我慢して」
「我慢って何を……?」
「な、なんでもない……」
真帆乃がそんな支離滅裂なことを口走る。
真帆乃は下着姿のせいで羞恥心を感じていただろうして、信一は理性を保つのに必死だった。
「腕、そろそろ離してくれる?」
「あっ、ごめんなさい……」
そう言ったのに、なぜか真帆乃は信一の腕を離さなかった。真帆乃の手の温かさが信一の心をかき乱す。
やがて、外から若い女性二人の声が聞こえてくる。
「それにしても、梨香子さんが急にプールへ行こうなんて言うから、意外でした♪」
聞き覚えのある声にぎょっとする。それは梓佳奈――信一の後輩の声だった。
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