第4話 鷺沼係長

(真帆乃は上手くやっているかな。心配だな……)


 昼休み。信一は警察署の自分の席に腰掛け、真帆乃のことを頭に浮かべる。

 このところ、真帆乃のことを考えてばかりだ。


 家へ帰れば真帆乃がいるというのに、恋というのは怖いものだと信一は心の中で自分に苦笑する。


 要するにべた惚れなのだ。

 

(真帆乃の気持ちを8年越しに手に入れたんだから、思い入れも強くなるさ)


 特に今日は真帆乃が仕事に本格復帰ということで、なおさら心配している。

 もっとも信一なんかが心配しなくても、万事そつなく頭の良い真帆乃なら、監察官室でも上手くやれると思うが。


 そんなことを考えていたら、ぽんと後ろから肩を叩かれる。

 振り返ると、若い女性刑事がいた。


 盗犯係係長の鷺沼琴音警部補だ。29歳の若さながら刑事として大活躍しているし、モデルのように長身かつ美人。


 サバサバした有能そうな雰囲気で、ショートカットにパンツスーツ姿が似合っていた。顔立ちは女優のように整っているが、親しみやすくチャーミングな雰囲気がある。


 独身だから特に結婚指輪もしていない。

 男性警察官からも女性警察官からも人気の高い女性だ。信一にとっては隣の係の係長だから業務で関わることも少なくない。


 彼女は片目をつぶって、くすりと笑う。


「原橋くん。ちょっと時間ある?」


「はい。問題ありません」


 信一が立ち上がりかけると、鷺沼係長は笑ってそれを押し留めた。


「いいのいいの。大した話じゃないから、そのままそのまま。あ、『大した話じゃないのに時間を取るな』なんて言わないでね? 君がそういう人じゃないのはわかってるけど」


 相変わらず早口な人だ、と信一は思う。


「もちろん、鷺沼係長のお話とあらば、いつでもよろこんで」

 

 信一がくすっと笑って言うと、鷺沼係長は大げさに手を広げて見せる。


「それは良かった! 聞きたいことがあってさ。こないだの秋永警視救出のことでね。君が大活躍だったでしょう?」


 真帆乃の名前を聞いて、信一の警戒センサーが頭のなかで鳴り響く。

 この係長は何を聞くつもりなのだろう?


「大活躍というほどでもありませんが、なにかの参考になるのでしたら」


「そうねえ。参考といえば参考ね。はっきり言って、君、モテるでしょ?」


「そんなことありませんが……」


「そんなことあるよ! 君に興味があるって女の子は署内にもたくさんいるからね。で、そこで君と秋永警視の関係を知りたいわけだ。幼馴染だって聞いたし」


 やっぱり真帆乃と幼馴染だというの隠しておけなかった。そもそも佳奈には話した上に口止めもしていない。


 もちろん佳奈が言いふらしたとは思っていないが、信一が入院していたのは警察関係の病院だし、そのあたりから漏れたのだろうか。


 そもそも警察官が誘拐され、その同僚が刺されたといえば大事件だ。その捜査の過程で幼馴染ということがバレて、噂になったのかもしれない。


 ともかく慎重に答える必要がある。

 まだ真帆乃と同居しているというのをおおっぴらに言うつもりはないのだ。


「そうですね。幼馴染ですよ」


「あっ、やっぱり。プライベートなことを聞いちゃってごめんね。けっこう噂話で気にしているからさ。あたしも気になっちゃって」


 鷺沼係長はふふっと笑う。みんなが噂話が好きなのは本当だが、この係長が興味本位で尋ねてきたというのは嘘だなと思う。


 いや、興味はあったのかもしれないが、それが理由のすべてではない。

 要するに、これは遠回しな忠告だ。


 キャリア組の女性官僚と親しいことを隠していた、というのは警察官によってはマイナスイメージを持つだろう。

 噂になっているのだから、何らかの対処をするべきだと鷺沼係長は言っているのだ。


 こういうのはバレてしまった以上、隠す意味はない。隠せば隠すほど、変な勘ぐりをされて噂になる。


 それなら、先回りして信一の方から幼馴染だと公言したほうがよい。もともと真帆乃の方はあまり気にしていないようで、佳奈の前でもはっきり幼馴染だと宣言したから、そちらの気遣いは無用だろう。


「噂になっているのを教えてくださってありがとうございます」


 鷺沼係長は信一の返答が気に入ったらしい。


「やっぱり君は頭がいい。警視庁初のノンキャリア刑事部長にも君ならなれるね!」


 冗談めかして鷺沼係長は言う。信一は肩をすくめた。


「大げさですよ。そういう鷺沼係長こそ、出世頭じゃないですか」


 鷺沼係長は誰がどう見ても優秀な刑事だし、そのうえ階級の昇任試験にも強い。

 捜査能力はもちろん、人格、頭脳、容姿、武術……とどれをとっても申し分ない。


 警視庁内で女性警察官が憧れる女性といえば、キャリア組の真帆乃もよく名前が挙がるが、鷺沼琴音はそれ以上の人気だ。 


 鷺沼係長はにやりと笑う。


「まあ、あたしは偉くなるつもりだけどね。『正しいことをしたいなら、偉くなるべき』ってやつ」


「ははは、『踊る大捜査線』はみんな好きですからね」


「それはそれとして、あたしにも君にも偉くなるために欠けている要素があるけどね」


 何のことだろう? 信一はすぐにはわからず首をかしげる。

 そして、気づいてぽんと手を打つ。

 鷺沼係長もくすくすっと笑う。


「そう。結婚だよ、結婚。この組織、結婚していない人は人権がないじゃない? 結婚していないと人間性に問題があるとか言われてさ。幹部で未婚者はゼロでしょう?」


「ああ、たしかに……」


「私は今は彼氏もいないからね。君はいい相手はいないの? あっ、こういうことを聞くのも最近はセクハラか。難しい世の中だね」


 信一は少し考えた。これも真帆乃関係の探りだろうか。


「……鷺沼係長だって二十代なのにおじさんみたいなことを言わないでください。それはそれとして、俺は彼女いますよ」


「えっ、そうなの!? 知らなかったなあ。あたし的には君もちょっと良いかな~と思ってたのに!」


 鷺沼係長は「残念ー」なんて言って愉快そうに笑った。





<あとがき>

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