第5話
これで話は終わりだろうか。
信一がちょっとほっとしたとき、鷺沼係長は本題に切り込んできた。
「ところで、君の彼女さんってもしかして秋永警視だったりするの?」
信一は表情を変えないように努力したが、上手くできたかはわからない。
違うと言えば嘘をついたことになり、そうだと答えれば真帆乃と付き合っていることがバレてしまう。
だが、鷺沼係長がすぐににやりと笑う。
「なんてね。冗談。幼馴染との恋愛って少女漫画でも定番だし、夢があるから妄想しちゃった」
「え? 係長は少女漫画読むんですか?」
「ひどーい。アラサーで男っぽい女刑事が少女漫画を読むなんて似合わないなんて言わないでよ~」
「そんなこと言ってません! ただイメージに合わなかったので……」
鷺沼係長は美人で男女とも憧れる人間が多いが、凛々しくサバサバしたイメージがあった。たぶん、他の署員も同じだろう。
係長はくすくす笑った。
「あたしも刑事である前に、夢見る乙女だということを忘れないように。あ、彼女さんと別れたら言ってね? お姉さんが慰めて上げるから。じゃ、連続盗犯事件で忙しいからまたね~」
そう言うと、鷺沼琴音は手をひらひらとさせて去っていった。
嵐が去っていって、信一はほっとする。
(それにしても、彼女と別れたとき、か……)
真帆乃との関係が上手く行かなければ、当然、別れるなんていう事態にも陥りかねない。
それだけは避けたいところだ。
いまのところ同棲生活は順調だけれど、関係は進展していない。なんとかしたいところだ。
(せめて毎日キスぐらいはできる関係に……。帰ったらちょっと強引に迫ってみようかな……)
焦りながらそんなことを考えていると、今度は佳奈がやってきた。
ご機嫌ななめという雰囲気で、頬を膨らませている。
「せ、ん、ぱ、い?」
「ど、どうしたの?」
「いえ~べつに~。先輩が美人の係長に鼻の下を伸ばしていたから、不機嫌だなんてそんなことないですから!」
実際に不機嫌そうにしているのだけれど。信一は心のなかで思ったが、もちろん、口には出さない。
佳奈はジト目で信一を睨んだ。
「どうせ先輩は大人の女性が好みなんですものね。こんな可愛い美少女の後輩がいるのに、全然興味なさそうですし!」
「い、いや、そんなことは……ないけど」
「なら、わたしを毎日百回可愛いって言ってください」
「こ、ここで?」
「二人きりのときです」
佳奈が恥ずかしそうに顔を赤くして、ささやく。
そして、なにかチラシのようなものを差し出した。
「こ、これは……?」
「す、スカイツリーのプラネタリウムと水族館の割引券です。一緒に行ってくれませんか、先輩」
「ごめん。そういえば、一緒に出かける約束をしていたのに、俺が入院したりいろいろあってキャンセルしちゃってたよね」
「そう。で、デートするって約束しましたものね?」
佳奈が早口で言う。
これは本当だったら信一の方から言い出さないといけないことだった。
業務とはいえ、もともと信一が真帆乃を助けるときに怪我を負ったのが原因でデートは延期になっていたのだから。
ただ、言い出せない理由があった。
そのあいだに信一は真帆乃と付き合うことになって、佳奈とデートに行くわけにもいかなくなっていた。
そのことを佳奈に説明しようと思っていたのだけれど、昨日までは業務が忙しくて時間が取れなかったのだ。
そうこうしていたら、佳奈の方から信一を誘ってくれたわけで。
嬉しいことだけれど、信一はちゃんと説明しないといけない。
「あのさ……。話さないといけないことがあって……」
「え? も、もしかして、愛の告白ですか?」
佳奈は茶化すように言ったけれど、表情はかなりうろたえていた。
ますます佳奈に説明しづらい雰囲気になった。
「実は彼女ができたんだよ。だから梓さんと一緒に休日に出かけるのはできなくて……」
信一がそう言うと、佳奈はまるで氷の像のようにフリーズした。
そして、佳奈は信一と手元のチラシを見比べ、突然、小さな人差し指を信一の唇に当てた。
信一がびっくりしていると、佳奈はやがて人差し指を離して愛おしそうに見つめた。
そして、信一を上目遣いに見る。
「佳奈」
「へ?」
「名前で呼んでくれるって約束しましたよね?」
「そういえば、そうだったね。えっと佳奈さん」
佳奈はふふっと笑った。
「ありがとうございます。でも、デートのことだって約束です。……彼女ができたぐらいでわたしは諦めませんから。ね、信一先輩?」
<あとがき>
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タイトル:破滅エンド確定の悪役貴族に転生したので、天才皇女様に最強の闇魔法を教えてみた結果
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