第14話 嫌だなんて言わない
真帆乃の手の柔らかさを、信一は自分の頬で感じることになった。信一の存在を夢ではないと確かめるように、真帆乃はさわさわと撫でる。
「ま、真帆乃……?」
「あっ、ごめんなさい……」
「いいけど、どうしてこんなことを?」
「なんとなく、信一に触れてみたいなって思ったの」
くすっと真帆乃は笑う。その笑顔がとても魅力的で、信一の気持ちはぐらついた。
「ま、真帆乃……それ、勘違いされるから、男にはしないほうがいいよ」
「他の男の人には、ほっぺたを触ったりしないもの。私が身体を触るのは、信一だけ」
身体を触る、という言葉が妙になまめかしく聞こえる。
信一は心臓が高鳴るのを感じた。真帆乃の柔らかくて繊細な手が、信一の頬を撫で回す。
「や、やめてよ……」
「ただの幼馴染のスキンシップでしょう?」
「26歳の男女は幼馴染でスキンシップしないよ……」
エリート然とした超絶美人の警視が、信一にこんな子供っぽいことをしていると知ったら、署の同僚たちはどう思うだろうか……?
真帆乃は楽しそうだった。
「俺も勘違いしたらどうするのさ?」
「なに? 私にドキドキしちゃった? そんなわけないよね? あっ、でも、さっき私の胸をじっと見てたっけ?」
楽しそうに真帆乃が信一をからかう。信一は身をよじって逃れようとするが、その拍子に真帆乃の手がぶれて、その人差し指が信一の唇にあたる。
「あっ……」
真帆乃が恥ずかしそうに、小さく吐息を吐く。
「頬に触れるのは大丈夫で、唇は恥ずかしいの?」
信一が聞いてみると、真帆乃は「だって……」とすねたようにうつむいた。
(まあ、俺もドキッとしたことは確かだけれど……)
「ドキドキしているのは、真帆乃の方なんじゃない?」
「わ、私がそんなことするわけない!」
「そうかな」
「そうよ。私は真面目人間なの。知っているでしょ?」
「真面目なのは外面だけだと思ってたけど」
「ひどーい。昔から私のことを知っているのに、そんなこと言うの?」
「昔から知っているからこそ、だよ」
信一と真帆乃は互いを見つめ合い、くすくすっと笑った。
そして、真帆乃は幸せそうな柔らかい表情を浮かべた。
「すぐに結論を出してほしいなんて言わないけど、ルームシェアの件、考えておいてくれる? 無理強いするつもりはないけど、私、昔みたいに信一と一緒にいられたら、嬉しいなって思うの」
そう言って、真帆乃は小さく首をかしげる。綺麗な長い髪がふわりと揺れて、思わず信一は見とれてしまった。
真帆乃はちょっと頬を赤くする。
「今、私に見とれていたでしょう?」
「少しね」
信一が言うと、真帆乃はびっくりした様子で「ほ、本当に……?」とつぶやいた。
そんな微笑ましい真帆乃を見て、信一は頬が自然と緩む。
「嫌だったら、謝るけど」
「嫌だなんて言わないって、わかってるくせに」
真帆乃は小さくつぶやいて、そして、照れ隠しのように紅茶をポットから信一のカップへと注いだ。
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