第13話 ほっぺた?

 真帆乃の提案に信一は驚いた。

 

「俺が真帆乃と一緒に暮らす?」


 思わずオウム返しに真帆乃の言葉を繰り返すと、真帆乃が照れたように目を伏せた。

 信一はおそるおそる尋ねる。


「えーと、それはプロポーズ、みたいな?」


「そ、そんなわけないでしょう!? ただ、ルームシェアをしようって言ってるの!」


「そりゃそうだよね……」


「……勝手なお願いだって、わかってる。でも、信一がルームシェアをする相手がいないって聞いて、ちょうどいいなって思ったの」


「男と一緒の家っていうのは、まずくない?」


「別に。信一だから、信頼できるもの」


「でも、いろいろと不都合があるんじゃないかな……」


 たしかに、今の時代、恋人以外の男女でルームシェアをすることも、まったくありえない話ではないのかもしれない。

 それに、ただの他人より、信一と真帆乃は気心が知れている。


 そうはいっても、風呂とか着替えとか、男女で気を使う場面はたくさんある。

 真帆乃がくすっと笑う。


「それとも、信一が我慢できなくなって、私の着替えやシャワーを覗いちゃう?」


「思春期の中高生じゃないんだから、そんなことしないよ」

 

「高校のときだったら、信一は、私にそういうことしてた?」


 真帆乃は尋ねてから、すぐに首を横に振った。そして、「そんなわけないよね」と寂しそうにつぶやく。


 けれど、高校の時の信一は、真帆乃のことが好きだったし、健全な高校生だったから、真帆乃にそういうことをしたいという欲求もあった。


 今は……どうだろう?


 信一は紅茶を一口飲み、少し考えてから口を開く。


「ルームシェアはやっぱりやめといたほうがいい気がするな……」


 高校のときと違って、今は二人の道は分かたれた。


 真帆乃は東大に、信一はごく普通の東京の私大に進学した。そして、真帆乃はエリート官僚で、信一は普通の刑事。


 真帆乃はひょっとしたら、女性初の警察庁長官や警視総監になるかもしれない。


 けれど、信一の立場では、小さな警察署の署長にでもなれば大出世だ。今の真帆乃と同じ警視の階級に行くことすら難易度が高い。


 それぐらい、キャリア組とノンキャリアには差がある。

  

 信一と真帆乃は別の道を進み、今では別世界に住んでいる。

 ルームシェアなんてしない方がいいに決まっている。


(でも……俺は……たぶん、真帆乃とやり直せるんじゃないかと期待してる……)


 喧嘩をして、ひどい形で縁が切れてしまった憧れの幼馴染。その彼女が目の前にいて、信一と同居したいという。

 その魅力に、信一は抗えなかった。たとえ、真帆乃が信一のものになるなんて、ありえないとしても。


 だからこそ、信一は言葉にして、真帆乃の提案を拒絶しなければならなかった。そうしなければ、信一は流されて真帆乃の提案を受け入れるだろう。


(意思を強く持たないと……)


 けれど、すぐに信一の決意は揺らいだ。

 真帆乃がそっと右手を伸ばして、信一の頬に触れたからだ。



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