第11話 真帆乃らしい
若い女性の一人暮らしの部屋に上がるなんて、めったにない機会だ。
信一はちょっと緊張した。コートを脱ぐと、真帆乃が受け取ってくれる。
「まるで新婚の妻みたいね」
真帆乃がウインクをする。
「おかえりなさい。お風呂にする、ご飯にする、それとも――」
そこまで真帆乃は言って、恥ずかしくなったのか、目を泳がせるて黙ってしまった。最近似たようなセリフを聞いたと思ったら、そういえば、佳奈に言われたのだった。
信一のコートを服掛けにかけると、真帆乃もコートを脱いだ。そして、二人はリビングへ行く。
広々とした間取りで、見渡すと2LDKぐらいありそうだ。
リビングはさっぱりと片付いている。真ん中に高級そうな食卓が置いてあった。
さすが真帆乃のきっちりとした性格を反映しているな、と思った。
「ようこそ、我が家へ」
真帆乃がいたずらっぽく、両手を腰に当て、えへんと胸を張る。その弾みに胸が軽く揺れた。
真帆乃は高校のときよりグラマラスになっていて、スーツのブラウスの上からでも、その大きな胸の膨らみがわかる。
ちらりと信一は見てしまったが、真帆乃は気づいたのか、慌てて両手で胸を抱いた。
「い、今、私の胸を見ていたでしょう?」
「見ていないよ」
「嘘。男が胸を見ているのってバレバレなんだからね」
「……嫌な気持ちにさせたなら、謝るよ」
「べ、別に……他の男なら嫌だけど、信一ならあんまり嫌じゃない」
「幼馴染だから?」
「そう。幼馴染だから」
少しのあいだ、気まずい沈黙が流れ、真帆乃はちらちらと信一を見ていた。
やがて、真帆乃がぽんと手を打つ。
「えっと、そのあたりに座って。何か飲む? そっか。信一は、コーヒーより紅茶だよね?」
「紅茶の方がいいけど、今はコーヒーも飲めるよ」
「高校生のとき、信一はコーヒー飲めなかったものね?」
椅子に座った信一に、真帆乃はそんな声をかけてくすくす笑う。食卓と台所は区切られて無くて、すぐ近くにある。
真帆乃はその台所に立っていた。
信一がコーヒーが苦手だったのは事実で、いつも真帆乃にそのことでからわれていたな、と思い出す。
信一は反撃してみることにした。
「そういう真帆乃は、ピーマンが苦手だったよね?」
「べ、別に野菜の一つや二つ、苦手でもいいでしょう?」
「今でも苦手なんだ?」
「いいもの。避ければいいだけだし」
と真帆乃は子供っぽい雰囲気で言い返した。
昔と変わらないな、と信一は感慨深くなる。
やがて真帆乃は紅茶を淹れて、ポットに入れて持ってきた。
とても良い香りがする。ソーサーを信一の目の前に用意し、その上にカップを置く。
そして、ポットからゆっくりと紅茶を注いだ。
赤みがかった明るい色の紅茶が、カップに満たされた。
ポットもカップも、見るからに高そうな陶器の食器だった。真帆乃は社長令嬢で、思い返すと、家でもたしか高級品のカップを使っていたと思う。
真帆乃がふふっと笑う。
「イギリスのアンティークなの」
「それは高そうな……」
「そうでもないけど」
真帆乃が首をかしげる。真帆乃の言う「高くない」と信一のいう「高くない」は基準がたぶん違う。
信一はそっと口をつけて、一口目を味わった。そして、ため息をもらす。
「美味しい……」
信一が普段飲んでいる、ペットボトルで500mlが150円の紅茶とは違う。甘い花のような香りが強烈で、でも嫌な感じがしない。
こういうのを高級品というのだろう。
「信一の口にあってよかった」
「真帆乃のことだから、茶葉の品種とか、そういうのにもこだわっているの?」
「そのとおり。いわゆる有名なダージリンね。ストレートで飲むのに向いているの。最近、凝ってて」
真帆乃がちょっと恥ずかしそうに笑う。
「真帆乃らしいな」
「そうかな」
「そうだよ」
「大人になって、ひとり暮らしで、いろいろ自分でこだわったりできるようになったのよね。仕事で忙しくて、なかなか時間のかかる趣味はできないけど」
「まあ、キャリア組だとすごく忙しいんだろうとは思うけど」
「警察庁本庁にいたら、国会答弁の作成とかあるから忙しいけど、現場は少しマシ。でも時間よりも問題なのは……」
真帆乃は自分のカップに注いだ紅茶を揺らし、手元を見つめる。
「一人暮らしだから、こうやって一緒に紅茶を飲んだりする相手がいないことね」
「真帆乃って昔から意外と寂しがり屋だよね」
信一の言葉を真帆乃は恥ずかしがって否定するかと思いきや、素直にうなずいた。
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