第13話 ロマンチック

「ろ、ロマンチックですね……今もその人のことが好きなんですか?」


「そう。これで恋が成就すれば、本当にロマンチックなんだけどね。現実は……きっとそんなに上手くいかないけれど」


「梨香子さんなら、きっと上手くいきますよ! あたしが男だったら、絶対に梨香子さんのことを選びます!」


「ありがと。佳奈ちゃんがそう言ってくれて良かった。じゃあ、試着室のお二人を邪魔しちゃ悪いし、別の試着室を使おっか」


「はい!」


 その声を合図に、梨香子と佳奈が離れていく。

 信一はほっとした。真帆乃も手を放し、へなへなとその場に座り込む。


 信一が真帆乃を見下ろすと、真帆乃の下着の胸の谷間を真上から見る形になる。緊張から解放されると、今度は真帆乃に意識が集中してしまう。

 

 ただ、真帆乃はそれどころではないようだった。


「良かった……」


「真帆乃、大丈夫?」


「大丈夫じゃない。すっごく疲れちゃったわ……」


 たしかに、思わぬ伏兵に襲われた感じだ。  

 しかも問題はもう一つあって、このままでは当初計画通りプールに行くわけにはいかない。


 行けば、当然だけど、佳奈と梨香子と鉢合わせすることになる。


「プールは諦めないといけないのよね」


「そうだね。残念だけど」


「私は……信一と一緒にいたいだけなのにな」


 真帆乃が寂しそうにつぶやく。浅草でもプールでも、二人はくつろぐことができなかった。

 それは、周りに関係を隠しているからだ。


 佳奈にも梨香子にも、胸を張って一緒にいるといられれば、問題は解決する。

 でも、信一と真帆乃は、いまはまだ、何でもない。ただの幼なじみだ。


 ルームシェアの提案すら、結論が出ていない。

 そんな状態なのに、梨香子たちにどう説明すればいいのだろう。


「えっと、梨香子たちはもう行った?」


「たぶんね」


「えっと、その……」


 真帆乃がちらちらと信一を見る。それなら、信一は試着室から出るのが筋だ。

 信一はいったん試着室から出た。


「水着を買うのも中止かな」


 信一は試着室の外から真帆乃に声をかける。


「……そうね。残念だけど……水着を買っても着る場所がないし」


「仕方ないよ」


「信一に水着姿を見せたかったのにな。場所がないものね」


 真帆乃がすごくがっかりした声で言う。信一も、真帆乃の水着姿を見たかったな、と思う。

 だからこそ、ついうっかり信一はとんでもないことを行ってしまう。


「場所なら一箇所だけ、絶対に邪魔が入らない場所があるけど」


「え?」


「いや、忘れてよ」


「あるなら言ってほしいな。他の温水プールに行くとか? でもそれも知り合いがいるかもしれないし……」


「そのとおりだよ。だから俺の思いつきは忘れて――」


「何を思いついたの?」


 あくまで真帆乃は問いただすつもりらしい。信一はためらう。

 こんなことを言ったら、真帆乃にどう思われるか心配だけれど、言わざるをえない。


「あー、えっと、真帆乃の家の風呂場なら、問題ないかなと」


「へ!?」


「いや、その風呂場に二人で水着で入るとかなら、まあアリかなと」


「それよ!」


 真帆乃が勢いよく試着室から出てきて驚く。ただ、真帆乃はいつのまにか水着に着替えていた。

 白いセパレートタイプの水着が目に眩しい。下着姿ほどではないけれど、露出度も高いし、へそ出しルックだ。

 真帆乃のスタイルの良さを引き立てている。


 信一が見とれていると、真帆乃がくすりと笑う。


「そんなにじっと見なくても、家のお風呂でいくらでも見られるのに」


「い、いや、一緒にお風呂に入るというのは、あくまで思いつきで……」


「信一が言い出したことでしょ? 責任、とってほしいな」


 真帆乃が片目をつぶってみせる。


「その言い方、わざと言ってるよね?」


「なんのこと?」


 真帆乃が微笑み、わざとらしく身をかがめ、身体のラインを強調する。そして、信一を上目遣いに見つめた。

 

「俺が本当に責任取らないといけないようなことをしたら、どうするのさ?」


「えっ!? そ、それはその……」


「じょ、冗談だから本気にしないでよ」


「ふうん。信一は冗談でそんなこと言うんだ? セクハラ……」


「真帆乃はいったいどんなことを想像したの? 俺は『責任を取らないといけないようなこと』としか言ってないんだけど」


 真帆乃が動揺するかと思って、信一はからかうように言ってみる。

 けれど、真帆乃はくすっと笑った。


「信一が想像しているようなこと、かな」

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